第7話 特訓
練習から帰宅した若菜が、ソファの上でお腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
ダイニングテーブルの椅子に腰かけている葉月は、クスッと笑っている。
白のミニスカートとピンクのニットに着替え脱衣所から出てくるなり、三姉妹は不格好な遥斗の姿をみて笑い始めた。
黒タイツでスネ毛を隠していても、鏡に映る自分は明らかに女装だと分かってしまう。
遥斗は笑い続ける三姉妹に向かって叫んだ。
「だから、女装して男とバレないように暮らすなんて無理なんだって!」
玲奈が椅子からさっと立ち上がると、遥斗のもとへと近づき肩をトントンと叩いた。
「大丈夫だって。まずは立ち方からね。ほら、真似してみて」
玲奈が遥斗の前に立った。
やはりモデルということだけあって、立っているだけでも様になる。
遥斗も玲奈の真似をして、左足を半歩引いて脚をくっつけみた。
「そうそう、あと背筋もきちんと伸ばして脇も閉めて」
玲奈の言う通りにして再び鏡に映る自分の姿を見てみると、先ほどとは見違えるほど女性っぽくなっている。
遥斗の心を見透かしたかのように、玲奈が声をかけた。
「ねえ、大丈夫だったでしょ」
「うん、まあ……」
「体つきも悪くないから、あとは見せ方次第だよ。じゃ、つぎは歩き方ね」
◇ ◇ ◇
リビングにはここは静寂の中、玲奈の声と遥斗の足音だけが響き渡る。
「そうそう、平均台を歩くようにまっすぐ。背筋伸ばして、顎はもう少し引いて。肘は自然に後ろに伸ばして引く」
「そんなにまとめて言われても、覚えられないよ」
遥斗が立ち止まって文句を言うと、玲奈が近寄ってきて遥斗の膝を軽く叩いた。
「ほら、脚開いているよ。常に意識しておかなきゃ」
「はい……」
女性と男性でこんなに歩き方が違うということを今まで知らなかった
足の運び方はもちろん、視線や腕の振り方まで意識しないとダメなんだ。もう頭がパンクしそう。
「じゃ、もう一回見本見せるからちゃんと見ててね」
玲奈が歩き始める。
玲奈の自信に満ちた視線、力強い歩み、そして優雅な腕の動きは美しく、遥斗は息を呑み、ただただその姿を見入っていた。
遥斗が観察しているというより見惚れていることに気付くいた玲奈は、そっと近づき、
「ちゃんと見ててね」
と言いながらデコピンをすると、再び歩き始めた。
◇ ◇ ◇
窓から広がる町並みの景色が、オレンジ色に染まっていく。
歩き方の練習を始めて1時間以上が経っていた。
疲れを感じた遥斗は、ソファに腰かけている玲奈に声をかけた。
「そろそろ、終わりにしない?」
「そうね。続きは明日ということで」
「え~、明日もするの?」
「当たり前よ。完全に体に染みつくまで繰り返さないと」
明日も練習が続くことにうんざりしながら、遥斗がダイニングテーブルの椅子に腰かけようとした時、向かいに座っている葉月から待ったがかかった。
「ダメ、そんな座り方だとスカートにシワが付くでしょ」
「え、そうなの」
「やって見せるから、見てて」
一度立ち上がった葉月が手本を見せてくれた。
同じように遥斗も、お尻に手を当てスカートにシワが付かないよう気を付けて椅子に座った。
「女の子って、気を付けることがいっぱい」
「まあ、慣れよ。そのうち無意識でもできるようになるって」
疲れて机にうつ伏している遥斗に、葉月は優しく声をかけてくれた。
リビングのドアが開く音が聞こえてうつ伏したまま横を向くと、ジャージ姿の若菜が若菜がリビングに入って来るのが見えた。
若菜はそのままキッチンに直行すると、冷蔵庫を開けて牛乳を取り出した。
その様子を見て遥斗は夕ご飯について気になり始め、紅茶を飲みながら本を読んでいる若菜に尋ねた。
「そういえば、もうすぐ夕ご飯の時間だけど、今まで誰がご飯作ってたの?」
「お母さんはいつも遅いし、3人とも帰ってくる時間がバラバラだから、自分の分は自分で作ることが多いかな」
「へぇ~、そうなんだ」
「自分で作るって言っても、わたしは料理が苦手だから、野菜サラダくらいしか作れないで、あとはスーパーのお惣菜に頼ってることが多いかな。」
照れ笑いを浮かべている葉月から目を外し、玲奈の方を見た。
「私はちゃんと作ってるわよ」
「玲奈姉ちゃん、いつもサラダチキンと納豆ご飯じゃない」
「それで充分なの。ビタミンはサプリで摂ってるし、モデルなんだからそれいいのよ」
「若菜は?」
牛乳パックに直接口をつけ、ぐびぐびと飲んでいる若菜にも聞いてみた。
「アタシも作ってるよ」
「若菜はいつも焼き肉のたれで味付けした、肉野菜炒めじゃない」
3人とも料理スキルは低レベルなようだ。それに、あまり豊かとはいえない食生活を送ってきたようだ。
「じゃ、夕ご飯は俺が作るね」
「それは、ありがたいけど、『俺』じゃなくて、『ワタシ』ね」
「じゃ、ワタシ作るね」
遥斗が言い直すと、三姉妹とも満足したような笑みを浮かべた。
椅子から立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認してみた。
鶏の胸肉、トマト、キュウリに豆腐。
冷凍庫も開けてみると、鶏ミンチの冷凍を見つけた。
遥斗はレシピの見通しが立ったところで、エプロンをつけ調理に取り掛かった。
―——1時間後
炊飯器が炊き上がりを知らせるアラームが鳴るのにあわせて、ちょうど料理も出来上がった。
鶏ミンチで作った塩麻婆豆腐をフライパンから皿に移し、葉月にテーブルに運ぶようにお願いした。
「若菜、冷蔵庫から棒棒鶏出してくれる」
「あいよ」
若菜が棒棒鶏をテーブルに置き、先ほどの塩麻婆豆腐と卵スープで夕ご飯の準備が整った。
「いただきます」
4人で囲む夕食が始まった。
今までは帰りの遅い礼司を待つことなく一人で夕ご飯を食べていたが、4人で会話しながら食べると楽しいし、ご飯も美味しく感じる。
若菜は棒棒鶏をつくるときに出たゆで汁で作った卵スープに感激している。
「この卵スープ、卵ふわふわで美味しい!」
「わたし、棒棒鶏が好き。胡瓜苦手だったけど、このゴマダレならいくらでも食べられそう。また今度作って」
棒棒鶏を気に入った葉月は、嬉しそうに箸をすすめている。
二人とも嬉しそうにご飯を食べ勧めているのに対し、玲奈だけ浮かない表情をしていた。
遥斗は恐る恐る尋ねてみた。
「玲奈さん、何かまずいですか?」
「いいや、美味しいよ」
「じゃ、どうして?」
「美味しすぎるのよ。私はモデルよ。太る訳にいかないのに、こんな美味しい料理だされたら食べ過ぎちゃうじゃない」
文句を言いながらも玲奈は、きれいに料理を平らげた。
その様子を見た、若菜と葉月がクスクスと笑っていた。
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