第4話 計画

 葉月と若菜、二人が玲奈を興味津々な眼差しで見つめた。

 玲奈はコーヒーカップを置くと、静かに切り出した。


「遥斗には女装して、ここで暮らしてもらうのよ」

「「えっ!?」」


 二人の驚きの声が、静かなリビングに響き渡った。


「あの中性的な顔立ちとスリムな体形。きっと女装しても似合う。お母さんにも協力してもらえれば、他の住人にバレないレベルになると思う。」

「たしかにそうだけど……」


 葉月はうつむきながら何かを考えているようだ。


「そうしたら一緒に住める。それに男に見えなければ、他の女性が近寄ってくるこなくて虫よけにもなる」

「たしかに」


 若菜が首を上下に何度も振って、目を輝かせている。


「男とバレてしまうのは学校ぐらいだけど、それは葉月と同じ高校に通ってもらい、葉月が見張っていればいい」

「いい考え。女装してわたしと同じ学校に通えば監視しやすいし、訳アリと思われて他の女子も寄ってこない」

「さらに、言うと、女装して暮らすとなれば、必然的に遥斗は私たちを頼らざるを得ない。私たちを頼っているうちに、恋愛感情も芽生えてくるはず」

「お姉ちゃん、頭いい!」


 葉月も若菜も計画に同意してくれたようだ。

 帰宅中のタクシーの中で浮かんだアイデア。突飛押しもないアイデアかと思ったが、話しているうちに具体的になってきて、本当にうまくいきそうな気もする。


「それで、あとは三姉妹のうち誰を選ぶかは遥斗に委ねるってことでイイわね」

「「うん」」


 またしても二人の声がそろった。


◇ ◇ ◇


 18畳のリビングに葉月の髪の毛を乾かすドライヤーの音だけが響いている。

 玲奈姉ちゃんはお風呂に入っているし、先にお風呂に入った若菜は疲れたから早く寝ると言って自分の部屋に行ってしまった。


 髪の毛を乾かし終えると、ドライヤーをテーブルに置いた。

 目の前にある電源を消したテレビには、自分の姿が反射して映っている。

 その姿をぼんやりと見ながら、先ほどの家族会議のことを思い出していた。


 まさか、他の二人も遥斗さんに一目惚れしたなんて。

 それに、遥斗さんを女装させて一緒に暮らすなんて。


 展開がラノベ過ぎる!!!


 再婚相手の連れ子に惚れられる、女装して高校に通うラノベでありがちな展開だが、実際にわが身に起こるとなると話は別だ。


 姉の言う通り遥斗さんに頼りにされて、信頼がいつしか愛へと変わって、あんなことやこんなことに。

 想像はどんどん膨らんでいく。


 真っ暗なテレビ画面に映る自分の姿をもう一度見てみる。


 好きでもない男子から絡まれるのが嫌で、学校ではおさげ髪に眼鏡とあえてダサい格好をしているが、髪をほどいて眼鏡を外せば姉ちゃんには敵わないけど、母の遺伝子を受け継いで平均以上の美人のはずだ。


 胸も妹の若菜ほどはないが、高校生でCカップは小さくはないはずだ。


 どうやったら、胸が大きく見えるかな。

 体をくねらせてみたり、腕で寄せたりしながら、胸が大きく見えるポーズを試していると、急に声をかけられた。


「葉月、何してるの?ドライヤー終わった?なら貸して」

「あ、お姉ちゃん、お風呂から上がったの?ドライヤー終わってるよ。じゃ、私先に寝るね。おやすみ」

「おやすみ」


 ポージングの練習見られたかな?

 恥ずかしくて真偽を確かめることもできないまま逃げ出すようにリビングを出て、歯磨きのため洗面所へと向かった。


 歯磨きをし始めたが、何か変だ?

 ミント味のはずが、変な味だし、口の中に泡が広がっていく。

 異変を感じ吐き出して、うがいもしたが、まだ口の中に泡が残っている。


「あ~また、やっちゃった!」


 左手に持っているチューブには「スキンケア洗顔料」と大きな文字で書かれている。


「はあ~」


 ため息をつきながら、こんなドジっ娘。遥斗さんは好きになってくれるのか?

 でも、ギャップがある方が萌えるって言うし、大丈夫だよね……


◇ ◇ ◇


 若菜が自室の部屋の電気をつけると、棚に置かれた数多くのトロフィーや盾、壁に掛けてある無数のメダルが輝きを放った。


 部屋に入ると若菜は、お風呂上がりに毎日しているストレッチを始めた。

 お風呂上がりのリラックスしたところでストレッチをするのは億劫だが、柔道で必要な柔軟性を養うこともできるし、何より練習の疲労がとれやすい。

 疲労を溜めないことが、翌日のパフォーマンスに直結する。


 時刻は11時を過ぎており、いつもならもう寝ている時間だ。

 だけど、全然眠たくはなかった。むしろ、若菜の心は興奮していた。

 今日初めて会った遥斗のことを思い出すたびに、心拍数が上昇してしまう。


 ストレッチに集中しないといけないのは分かっているが、耐えきれずスマホを取り出すと床に置いた。

 スマホの画面には、顔合わせの時に撮った遥斗とのツーショット写真が映っている。


「遥兄ぃ、ヤバすぎる」


 思わず独り言が漏れ、よだれも垂れてきた。


 ストレッチを終えるとベッドの上に寝転び天井を見つめながら、先ほどの玲奈姉ちゃんの話を思い出していた。


 玲奈姉ちゃん頭いいな~。

 女装させて一緒に暮らすなんて、良く思いつくよ。


 玲奈姉ちゃんの計画通り進めば、女装した遥斗と一緒に暮らせるようになる。しかもお母さんはいなくなるし、誘惑のチャンスは無限にある。


 上手いこと部屋に誘い込んでこのベッドの上で押し倒せば、得意の寝技に持ち込める。

 そんなことを想像していると、再びよだれが垂れてきた。


 玲奈姉ちゃんの言う通り、遥斗が私たち三姉妹を頼るようになれば、若菜にも頼ってくるはずだ。


 末っ子という立場で、今まで甘えることはあっても頼られることはなかった。

 まるで妹ができたようだ。


 お兄さんでありながら、妹でもある。

 そんな遥斗との暮らしが待ちきれない。


 

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