第3話 家族会議
ホテルのバーでもう少し飲んでから帰るという母親の美和と義父の礼司をホテルに残し、玲奈たち三姉妹はホテルからタクシーで帰宅した。
真っ暗なリビングに照明を点けると、玲奈はカバンを乱雑にテーブルの上に置き、コートを着たままソファに寝転んだ。
撮影が長引いたことと、顔合わせの緊張感で心身ともに疲れが着ている。
「疲れた~」
「玲奈姉ちゃん、コートにシワがついちゃうから脱いでよ」
ハンガーを持った葉月が声をかけてくる。
まあ、確かにその通りだ。
お気に入りのこのコートがシワがつくのは困る。
それに話すなら早めの方が良いだろうと思い疲れて重い体を起こすと、葉月にコートを渡した。
「葉月も若菜もちょっといい?話があるの」
お風呂の準備を始めていた若菜を引き留め、ダイニングテーブルに着くように言った。
「玲奈姉ちゃん、話って何?長くなりそうならコーヒーでも淹れようか?」
「いや、いい。葉月に淹れてもらうと薄すぎたり、濃すぎたりするから、私が淹れる」
電子ケトルでお湯を沸かし、ドリップコーヒーを3杯分淹れた。自分の分はブラック、葉月はミルクのみ、若菜はミルクと砂糖。
それぞれの好みのコーヒーを淹れ終わると、二人が待っているテーブルへと戻った。
「はい、どうぞ」
「で、話って?」
「まず、再婚相手の礼司さんのこと、どう思った?」
「わたしは、良い人だなと思う。弁護士なのに威張るところもなく、お母さんのこと大事にしてもらえそう」
言い終わると、葉月はコーヒーをフーフーと冷ましながら少しずつ口に運んだ。
すでに半分ほどコーヒーを飲み終えている若菜にも聞いてみた。
「若菜は?」
「アタシも、良い人だと思う。デザートまで食べ終わって、まだ食べたりないなと思っていたら、『デザートお代わり頼もうか?』って言ってくれたし」
玲奈もその様子を見て、気配りができる人だなと思っていた。
「それに関しては、三人とも同意見ってことでいいようね」
コーヒーカップを置いた、葉月と若菜が頷いた。
「で、本題だけど、遥斗さんのことはどう思った?」
モデルで当然男性モデルや俳優とも一緒に仕事したことはある。彼らには感じなかったトキメキを遥斗には感じた。
中性的な顔立ちに、均整の取れた体。物腰はやわらかく、誠実。すべてが理想だった。待ちに待った白馬の王子様だった。
「遥斗さんのこと、大好き。お兄さんとして最高。それで、玲奈姉ちゃん質問あるんだけど、義理のお兄さんと結婚ってできるの?」
「それって、遥斗さんのことを男性として見てる?」
若菜は照れた笑顔を見せながら頷いた。
「で、葉月は?」
「一目見たときから素敵と思ったけど、身長を聞いた時、『169cm』って答えるのをみて、ますます好きになっちゃった。だって、169cmならサバ読んで170cmって答えても分からないのに、あえて本当の数字を口にするのって嘘をつけない誠実な人に決まってる」
葉月の作家らしい洞察力に感心していると、いつもは大人しい葉月が言葉をつづけた。
「それに、本読むの好きみたいだし、一緒に本のこと夜通しで語り合って、そのまま一緒に……」
葉月は視線を天井に向けると、妄想の世界に浸り始めた。
どうやら葉月も、遥斗のことをただの義理の兄の存在以上に見ているようだ。
「やれやれ、これに関しても3人とも同意見のようね」
「「ってことは、玲奈姉ちゃんも!?」」
二人の驚きの声が、偶然にも一致した。私たち姉妹は違うことも多いが、根本的なところはよく似ている。
「葉月と若菜が好きだからって、私譲らないからね」
「アタシだって。キレイさではお姉ちゃんたちに敵わないけど、力なら負けないから」
「わたしだって……。読書好きみたいだから、わたしが一番話合いそう」
3人の視線がぶつかり、火花が散った。
「遥斗に相応しいのは、一番きれいな私でしょ。はっきり言って、あんたたちじゃ、釣り合わない!」
「いや、一番話が合うのはわたし。遥斗さんと、伏線の張り方や心理描写の表現っていった文学的な会話できる?わたしならできるけど、玲奈姉ちゃんや若菜は無理よね」
「男の人が女性に求めるのは、若さと体でしょ。だったらアタシが一番若くて、胸も大きい」
3人がそれぞれ一番遥斗に相応しいと主張し合い、夜の静かなリビングに嫌悪な雰囲気が漂い始めた。
「遥斗は私のモン。あんたたちは、手を出さないで!」
「遥斗さんはわたしのものよ。手出さないでよ」
「遥斗兄いは、アタシのものよ。お姉ちゃんたちは手出さないで」
3人の大きな声がリビングに響き渡り、その後はけん制し合うようににらみ合いが続いた。
しばらく沈黙が続いたがこのままでは埒が明かないと、長女らしく玲奈が話をまとめることにした。
コーヒーカップに口をつけた。アロマの香りとコーヒーの苦みが冷静さを取り戻させてくれた。
「まあ、誰を選ぶかは遥斗に任せるとして、問題は他の女よね。イケメンで性格も良くて頭もいい。彼女がいないのは奇跡に近い」
「女性アイドルには興味あったようだし、同性愛者というわけではなさそうです」
再び葉月が洞察力を発揮する。わが妹ながら、その観察力には驚かされる。
「それでよ、いい考えがあるの」
「えっ、なんなの?お姉ちゃん」
若菜がテーブルに両手をつき、身を乗り出した。
「このマンションで一緒に暮らすのよ」
「このマンション、6人で住むには狭すぎない?」
葉月の疑問は当然だった。3LDKとはいえ、6人で住むには狭すぎる。
でもその辺のこともちゃんと考えてある。
「お母さんと礼司さんには二人で住んでもらうの。二人きりで新婚気分も味わいだろうし、そのあたりは私が上手く言うから安心して」
「それでも、このマンション。女性専用だよね。遊びに来るぐらいは良いけど、遥斗さんと一緒には住めないんじゃない?」
今度は若菜が質問した。
5階建てのこのマンションは全フロア女性専用で、1階から4階までは単身者用の1LDK。5階は3LDKが3部屋並んでる。うち一部屋は我が家と同じシングルマザーの家庭のようだし、もう一部屋は女子大学生が3人でルームシェアしているようだ。
「それについては、いい考えがあるのよ」
葉月と若菜が興味津々な視線をこちらへと向ける。じらすように、わざとコーヒーをゆっくりと一口飲んだ。
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