第2話 美人三姉妹
部屋に入ってきた女性は、軽くパーマがかかった明るい茶色の髪を揺らしながら、美和のもとへと走り寄った。
「お母さん、ごめん。撮影が長引いちゃって」
「いいから、早く挨拶して」
美和に促されると、その女性はこちらを見て挨拶してくれた。
「初めまして、山尾玲奈です。大学2年生で……す」
玲奈は遥斗と視線が合うと一瞬、言葉が詰まった。彼女はぎこちなく緊張した様子で、美和の隣の席へと座った。
玲奈とは初対面のはずなのに、どこかで見たような気がした。
緊張しながらも微笑む玲奈の顔は、目鼻立ちもくっきりしていて大きな瞳と柔らかくふっくらしている唇が母親の美和によく似ていた。
白のブラウスに黒のミニスカートのシンプルなコーデが、それがかえって彼女の魅力を引き立たせている。
緊張をほぐすためか、玲奈が美和に話しかけた。
「それでさ、撮影が終わろうとしたときにスポンサーの人がやってきてさ、イメージと違うとか言い出して、それで撮り直しになったんだよ。ひどいよね。だったら、最初から撮影に付き合えよって感じ」
撮影。スポンサー。その単語を聞いた時、脳裏にひらめくものがあった。
「玲奈さんって、ひょっとしてREINAですか?」
「えっ、私のこと知ってるの?マジ、嬉しんだけど」
推測は当たっていたようで玲奈の顔から緊張が消え、本心からの笑顔が浮かびはじめる。
「なんだ、遥斗、知ってるのか?」
「親父こそ、再婚相手の娘さんのことなんで知らないんだよ。今、大人気のモデルだよ」
「そうなのか」
礼司はあまり興味なさそうだったが、REINAは若い世代に絶大の人気を誇るモデルだ。
大人びながらも親しみやすい顔とルックスで、男性からの人気はもちろん、女性からも憧れの存在となっている。
そんなREINAと家族になったら、クラスのみんなに自慢できるなとか、やっぱり秘密にしておいた方が良いのかなとか考えていると、トントンと遠慮がちなノックの音が聞こえてきた。
紺色のワンピースを着た遥斗と同じくらいの女性が、恐る恐る慎重な足取りで美和のもとへと向かった。
「お母さん、遅れてごんなさい。出版社の人との打ち合わせが長引いちゃって」
「いいから、礼司さんたちに挨拶して」
美和に促され、か細い声で挨拶してくれた。
「山尾葉月です。宜しくお願いします」
「川島遥斗です。同い年らしいね。よろしく」
同い年ということもあり、親しみやすいようにあえて敬語は使わずフレンドリーな感じで話しかけみた。
「はい。至らない事も多いとは思いますが、よろしく、お願い……」
だんだんと声が小さくなっていき、最後の方は聞き取れなかった。
声が小さくなっていくにつれ、頬は赤くなっていき、緊張しているようだ。
玲奈の隣、遥斗の目の前の席に座った葉月は、高校生らしく艶のある黒髪の長い髪を三つ編みてまとめている。
銀縁の丸いフレームの眼鏡をかけており、他の2人とは違い落ち着いた雰囲気があるものの、顔立ちは整っており、赤らめている頬が可愛らしい。
遥斗にチラチラと視線を向け、話しかけたそうにしているが、緊張しているのかなかなか話しかけてこない。
同い年、打ち解けるためには、こちらから話しかけた方が良いようだ。
「さっき、出版社って言ってたけど、玲奈さんみたいに何かモデルとかしてるの?」
「あっ、いや、わたしがモデルなんて滅相もない。その、恥ずかしいですけど、小説書いていてそれで、新作の打ち合わせを……」
「小説書いてて、本出してるの?すごいね」
褒めると葉月の顔を赤くなり、茹蛸のように顔が真っ赤になってしまった。
「まだ三冊しか出してないから、作家と言えるかどうか。それにラノベだし。『2年3組の山田のひとりごと』とか『謎解きは図書室の中で』とか知らないですよね」
「知ってるよ。『謎解きは図書室の中で』は読んだことあって面白かったよ。その中で言うと『消えた骨格標本の謎』が一番好きかな。でも、作者の名前違ったような」
「嬉しい、読んでくださったんですね。本名で書くの恥ずかしいから、ペンネームで下の名前の葉月をもじって、『葉山ルナ』って名前で書いてるんですよ」
半年ほど前、本屋で偶然手にとって買った本だが、その緻密なストーリと登場自分物の高校生たちの心理描写が丁寧で、繰り返し何回も読んでしまった。
読書以外趣味のない遥斗にとって、身内に作家がいることは嬉しいことだった。
本の感想を言い合うこともできるし、ひょっとしたら下書きの原稿を読ませてもらえるかもしれない。
そんな期待にワクワクしていると、ドンドンと力強いノックの音が聞こえてきた。
ドアが勢いよく開くと、セーラー服を着た小柄な少女が小走りで美和のもとへ向かった。
「お母さん、ごめん!寝技の研究してたら遅くなっちゃった!」
「いいから、早く挨拶して」
美和から促され背筋を伸ばすと、威勢のいい声で挨拶してくれた。
「山尾若菜です!中学2年生です!よろしくお願いいたしまッス!」
若菜は他の二人の姉妹に比べれば身長は低いものの、がっしりとした体形でショートカットがよく似合う体育会系の女の子だった。
「若菜ちゃんは、すごいんだぞ。柔道やってて、将来のオリンピック候補なんだぞ」
先ほどのREINAの件のお返しとばかりに、礼司がしたり顔で教えてくれた。
ポケットからスマホを取り出すと、「山尾若菜 柔道」と検索をかけてみた。
一秒と経たずに、「令和のYAWARAちゃん」「期待の新星」などの言葉と共に国内外での活躍を伝える記事が次々に表示された。
「すごいね!」
「いえ、いえ、この前の国際大会では3位だったので、まだまだ未熟で上には上がいるッス!」
獲物を見つめるような視線を遥斗から外さないまま、若菜は残っていた最後の席に腰をかけ、全員がそろったところで食事会が始まった。
親同士はともかく子供同士は初対面ということもあり、会話のきっかけがつかめないまま、食事会は進んでいった。
場を盛り上げようと、双方の両親が相手の子供に「趣味は?」とか「学校生活はどうか?」などと質問するが、あまり盛り上がっていない。
3皿目の甘鯛のポアレがテーブルに置かれたとき、若菜が緊張気味に遥斗に質問した。
「は、遥斗さんは、か、彼女とか、いるんですか?」
「いや、いないよ」
料理や洗濯など毎日の家事で手いっぱいで、放課後も友達と遊ぶ暇もなく学校生活を送っていた。
もともと友達とワイワイ騒ぐよりは、一人で本でも読んでいる方が好きなタイプだったので、割とこの生活は気に入っていた。
若菜の質問を皮切りに他の二人も加えての、遥斗への質問攻めが始まった。
「好きなタイプは?芸能人で言うと?」
「好きな作家は?ラブコメとミステリーだったらどっちが好きですか?」
「部活入っていないんですか?」
3人から次々と出される質問にクイズ大会のように答えていく。
徐々に個人情報が丸裸にされていく。
間髪入れない質問攻めに、遥斗の方からは質問はできず3人のことはよくわからないまま食事会は終わった。
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