第7話 邂逅(2)

「でっか...」


「はぁ???」


 不破さんのあまりの”源”の大きさを見て驚いた俺はそうつぶやくと、不破さんから怒りの篭った低い声が聞こえた。サッと背筋が凍るような感覚を覚える。


 やらかした...


 俺も含めすべての人が、胸元に”源”を持っている。当然今まで俺が他人の”源”を見ていた時も、胸元、あるいは背中越しに胸のあたりをちらっと見ていたわけだ。そう、胸元を。


 つまり、俺はいま不破さんの豊かな胸を凝視した上で呟いたのだ。


「でっか...」


 と...。


 終わった。俺はいま女性の胸を見て、あろうことかその大きさについて本人の目の前で口にしたのだ。ご法度もご法度である。いや、実際大きいし、俺が見ていたのは彼女の”源”であり胸ではないのだが、そんなことは彼女に関係ない。


「貴方、ちょっとついて来なさい。」


「大変申し訳...」


「五月蠅い、着いて来いとだけ言ったのよ。発言を許してはいないわ。」


「はい...。」


 謝ろうとしたらぴしゃりと叱られたので、おとなしく不破さんについて歩く。


 怖い...これからいったい何をされるんだろうか。普通にブチ切れられて噂を広められてそのまま退学かな...グッバイ八浪やなみ...グッバイ高校生活...ハローニート生活。


 不破さんに連れられて辿り着いたのは、特別教室棟の端にある空き教室だった。階段からも遠く、人っ子一人居ない。物置としても使われておらず、黒板がある以外には、いくつか机と椅子があるだけである。


部屋に入ると不破さんはこちらに振り向き、床を指差した。


「正座」


「床にっすか?」


「貴方のような人間には椅子なんて贅沢なもの必要ないでしょう?」


「はい...。」


 おとなしく床に正座をして不破さんの言葉を待つ。


 不破さんは近くにあった机に腰掛け、腕と脚を組み、俺を見下ろして言う。


「さて、どういう了見かしら?いきなり私の胸を凝視して、あろうことか「大きい」とのたまうなんて...大きいのは確かだし、大勢の男から邪な目で見られることはあるけど、面と向かって言われたのは初めてよ。何か申し開きはあるのかしら?」


 さて...どうする?答えをミスったら即、退学である。とりあえず真実ベースで言い訳をしてみよう。


「いやそのぉ...実は...見ていたのはあなたの胸ではなくってぇ...」


「へぇ...そう...じゃああなたは一体何を見たのかしら?思わず「でっか...」なんて呟くほどのものだから、さぞ大きくて目を惹くものを見たんでしょうねぇ。くだらない嘘を言ったら即座にあなたの言動を全校中に広めるわ。あなたの高校生活はおしまいだと思った方がいいわよ?」


 やっぱ広める気じゃないか!!これは慎重に回答しないとマジで人生終わる!!どうするどうする!?謝るか?いっそ正直に見たもの全部言うか?


 おっ?見たもの全部言うのは結構ありじゃないか?「あなたの中に星空色の物体を見出しました!」と言えば、明らかにスピリチュアル系のヤバい奴を装える。関わったらいけないと思って引いてくれるのではなかろうか!?よし、これで行こう!


 意を決した俺は、正座のまま目を閉じて、早口で捲くし立てる


「そうなんです!俺が見ていたのはあなたの胸ではないんです!あなたの胸の中には草原があって、そこには満点の星空のようにキラキラ輝く、町一つ押しつぶせそうなほど巨大な箱?のような物が浮かんでいたんです!そうです!あなたの言う通り、大きくて目を惹くものが、あなたの胸の中にあったんです!だから私は、決してあなたの胸を見て「大きい」と言ったのではなく、あなたの胸の中にある星空色のかたまりをみて「大きい」と言ったのです!!」


 熱く語った俺は目を開き、不破さんの顔を見る。


 不破さんは心底驚いた様子で、目を見開いて固まっていた。


 どうしたんだ?と思って不破さんの様子を窺う。


 10秒ほど固まって、不破さんは真剣な目をして口を開く。


「嘘偽りなく正直に私の質問に答えなさい。」


「え?あぁ...はい。」


 どうしたんだ?突然不破さんの様子が変わったぞ?


「貴方は私の胸の中に、巨大な箱のような塊を見たのね?」


「はい...。」


「それは、草原の中に浮かんでいたのね?」


「はい...。」


「それは、星空のような...まるで天の川のような、美しい色をした塊だったのね?」


「はい...。」


「つまり、


「え?...あぁ、はい」


「じゃあ...あなたの中にも、があるのね?」


「いや...塊じゃなくて湖だけど...はい、似たような星空色の物体はあります。」


 そう答えると、不破さんは「なるほど...」と呟き目を閉じる。ふぅ、と息を吐き、目を開いて口を開く。


「最後の質問よ、心して答えなさい」


使


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る