第四話

 止まっていた、運命は動き出している。

 時間の神であるアイオーンの支配を一時でも受けなかった者達は、“歪んだ存在”として再び暗闇の星ダーク・スターで生きることをゆるされることになる。






 ★★★★★

 新しい女王であるルキアが女王の玉座についたとニュースで流れてから数ヶ月、聖ライトシャイン学院の姉妹校である聖霊魔術学院に通う宮城緋友は自分のレベルに合わない授業をサボっていた。授業の行われている教室を素通りしても教師陣はその行為を咎めることはしない。

 完全に実力で負けているからだ。緋友は階段を上り、いつもサボりで使っている屋上に向かった。


「やっぱりルキアに女王ができるわけがない…」


 誰もいない、屋上につながる最後の階段で緋友は小さく呟いた。ケンカばかりの再従姉妹のルキアと保護者でもあった秋人も、この星の重要な役目である女王とナイトの任で聖域である首都に行ってからもこの暗闇の星は今までみたいに安定しない。それどころか災害も厄災も増すばかりだった。


「ずっと空も海も山も荒れっぱなしだし、地震だって起こりっぱなしじゃないか」


 階段を登りきり、緋友は屋上に続くドアを開けて外に出る。今日もまた、異常に降りっぱなしの雨が強風に煽られて地面や校舎に叩き付けられている始末だ。緋友は毎度そんな状況でも授業をサボるのは屋上と決めている。優秀なマジャンとして生まれた緋友は強力な霊力で自分が雨に濡れないように、風にも干渉されないように結界を張った。


「女王の破壊の能力、ね…」


 落下防止用のフェンスの間から、聖ライトシャイン学院にも劣らない独創的なミステリアスさを併せ持つ美しい校舎や中庭を見下ろす緋友は自分の持ち得ない“女王の能力”を暇さえあれば毎日のように分析と解析を繰り返していた。

 いつの時代の名残なのか、それとも非能力者でも目に見える色で分かりやすいためか、この星では霊力を“白”。そして魔力を“黒”と言うように教育されている。本来、人間が進化したマジシャンが持つのは白の霊力である。だが緋友は本来、鬼とヴァンパイアが身体強化に用いる黒の魔力も持って生まれた。

 生まれた時から規格外の存在であった緋友は身体能力が強い鬼やヴァンパイアという種族の軍校舎所属の先輩達と闘い合うことが可能だった。今回の女王不在から生じる軍の戦力不足にも駆り出されようとしていたほどの実力でも、まだ緋友は中等部の生徒のため学院に残っている。


「ルキリアと能力を持つなんて生意気すぎ。全然扱えてないじゃんルキア」


 女王になってからのルキア、女王になる前のルキア…緋友は今の結果から、そしてマジシャンの遺伝子故か、ルキアに女王が務まらないという結論を導き出す。

 するとまた強い風が吹く。突風に巻き上げられたどこかの店の看板が音を立てて緋友を狙う。


「ルキアなんて、大っ嫌いなんだよ!!」


 それは巡り巡ってルキアに対する怒り。その勢いのまま、緋友は右手を勢いよく振り下ろした。その右手には魔力を示す小さな黒色の光を纏っている。緋友に向かってきていた看板は黒い三日月型の飛翔体によって真っ二つにされ、ぶつかった時の衝撃で弾けた黒い三日月型は小さくなっても看板を切り裂いてを繰り返しては…看板はほんの僅かの時間の間に粉々に砕かれて姿を消していた。


 ーーールキリアのところに行こう


 そう考えて緋友は白の結界を維持したまま飛行して、聖霊魔術学院をあとにしたのだった。






 緋友が授業をサボる少し前、女王の城を出たリオンは1人で泣いていた。

 前女王のために用意された屋敷の一室、リオンはのどかに澄み渡る庭を窓から眺めていた。この屋敷はリオンの持つマジシャンとしての能力と前女王として女王の能力により結界が張られていて外とは違う景色を映している。


「ルキアさん、女王になることは運命なのです…逃れることなんてできません…」


 リオンの頬を溢れる涙が伝い落ちる。リオンには、理解るのだ。ルキアの心が星の意思に喰われていることが…星の意思の声により世界の声で傷付いた心が癒やされることなく“破壊衝動”に塗り変えられていくのだから。

 それは前女王としての経験であり、今の自分に残った女王の能力である意味共有できている。


わたくしも、私の先代の女王も、歴代の女王は例外無く心を病んでいます…」


 ーーー女王のみが知ることのできる絶対的な星の意思ちから


 ルキアの前では決して見せなかった“弱い自分”。リオンの心は女王の玉座を下りた後もこの恐怖と苦しみと戦うことになる。

 だけど、私には守りたい人達ができた。それは自分の先代の女王がリオンに選んだナイトであるユウガと魁人にはじまり、城で働いてくれていたたくさんの人達を大好きになれたから。


「だから私は、“平和を願う女王”になったの」


 止めどなく流れ落ちる涙を、リオンは手で拭う。私の心の中には皆がいるから、大丈夫。傍にはユウガがいてくれる…ずっと一緒にいてくれるって約束してくれたから。

 涙が少し止まったところでこの部屋のドアをノックする音がした。一緒にこの屋敷に住んでいるのはユウガだけだから彼だろう。返事をする前にドアを開けて、リオンと名前を呼びながら入ってくるのもユウガはナイトの頃から変わらない。


「は!?リオン何で泣いてんだよ!?」


 ユウガはリオンが泣いていたのを理解するとリオンの側に行って彼女を抱き締めた。それからリオンの顔を自分の方に向けさせて親指で涙を拭ってやる。


「ユウガ…」


 こうやって涙を拭いて、抱き締めてくれるユウガは普段も格好いいけれど…また違って何倍も格好いい。


 ーーーだから、私は笑顔でいるわ


「何笑ってんだよ?」


「あなたが傍にいることが嬉しくて…ユウガが来てくれたのでもう平気です」


 私は自分の先代の女王の分も笑うと決めているから。本当にユウガの腕の中はとても安心できると思う。

 そう思いながらリオンが泣き止んで嬉しそうに笑っているとユウガは少し不機嫌そうな顔をしていた。たまにこういう時がある。不思議に思ってリオンが彼を見上げれば、ユウガはまた眉間にシワを寄せてくる。


「あんまりするなって言ってるだろ?」


「お城にいた頃もそう言っていましたが…」


 リオンが分からないと首を傾げれば、ユウガは頭を抱えてリオンから目を剃らした。そんな彼をリオンは目で追うが視線を合わせてはくれないらしい。

 少しして、自分を落ち着かせるようにユウガは息を吐いてから、まだ腕の中にいるリオンに真剣な眼差しを向けた。


「もうリオンは、女王様じゃないんだよな?」


 いったい、ユウガは何を言っているのだろう?現女王はルキア・ダークネスだ。ユウガも一緒に探して、女王就任の儀もしたのに…可笑しなことをユウガは言っているとリオンが笑っているとユウガの手が頭に回されて一瞬で距離がもっと近くなっていた。


「これからはリオンだろ?」


「え…?ユウ………!?」


 いきなりのことに対応できなかったリオンの、彼の名前を最後まで呼ぶことができなかった唇は…ユウガの唇によってふさがれていた。

 リオンは起こったことが理解できないまま、ユウガに何度も角度を変えてはキスを繰り返される。“待って”という言葉を言いたいのに…彼の気が済むまで、呼吸がうまくできなくても、遮られることになった。

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