第二章 囚われの女王

第一話

 昔々、女王の住まうこの城に勤めていた者は自分の心の中でのみ考えていた。

 城の名である“ダーク・ジェイル”とは監獄、牢獄などという意味なのではないのかと…女王やナイトはこのくににとって最大の大役であり名誉なことだと言われている。

 だが、それは本当のことだろうか?

 この城の中で見てきた者達は後任に言葉や個人的な日記などで残している。

 女王の大役は“苦しみ”だと…いったい誰が望み、こんな世界が在るのだろうと。






 ★★★★★

 暗闇の星ダーク・スター首都であるライトシャイン、女王の住まうダーク・ジェイル城内の中庭の方にルキア・ダークネスは1人のメイドに案内されていた。

 聖域外に長くいた女王に女王就任の儀までの間、少しでも心を落ち着け安らいでいただこうとメイド長や執事長は考えていた。


「女王就任の儀の準備がととのうまで、こちらでお過ごしください」


「……………」


 とても綺麗で美しい人の手で整えられた花ばなや木々に囲まれた中庭は本当に心を癒される。前女王であるリオンだけではなく歴代の女王達のために何人もの庭師が端正込めて手入れをした場所の1つだ。

 だが、今のルキアには庭師達彼らの思いは届かない。そして、中庭に案内した使用人達の意図がルキアには理解できなかった。


「本当に“世界の声”が聞こえない…」


 ただ四方を無機質な灰色の壁に囲まれた空間、緑や花ばなはルキアには見向きもされない。ルキアはただそれだけ呟くと庭に出ることなく城の柱に寄りかかった。

 聖域の中の城は多重に強い結界によって護られている。そのためありとあらゆる攻撃を退け女王の能力である世界の声を聞く力も遮ることができる。


「女王様?」


 ここへ来る途中の車の中で、聖域や城のことをルキアはリオンに聞いていた…と言っても行きたくないし女王になんてなりたくないために無視していたのが正解だ。

 そして、女王の能力はいくつかあるとも聞かされ、1番厄介なのが“世界の声を聞く”能力らしく、聖域の中では四六時中声を聞かなくていいのは“救い”らしい。


「星の意思に心を蝕まれている気分はどうだ?」


 メイドを無視し続けていたところに嫌みっぽくかけられた声は、ルキアにとって妙に聞き覚えがあるような気がした。

 その声の主にルキアは嫌そうに視線を向けるが、そのまま彼はこちらに近付いてくる。


「魁人様?まだ女王就任の儀の準備中では…」


「俺がする準備なんて無いからな」


 知った仲というように彼とメイドは話した。

 ルキアを、敵意のこもった青色の瞳で睨んでくる彼…リオンのナイトだった魁人もライトシャイン学院で女王の破壊の能力を振るったルキアを迎えに来たリオンと共に来ていた1人だ。


「あんたのせいで女王の城こんなとこに来るはめになったのに!!」


「ここにいた方が“幸せ”だろ?」


 お互いに嫌味を込め合って話す。

 リオンの元ナイトであるユウガと魁人の種族は、前者が鬼で後者がヴァンパイアだった。そのため、人間という種族であるルキアにとって彼らは“敵”でしかない。

 それに、目の前の魁人にライトシャイン学院で見つかり…リオンに自分が“女王”だと報告されて今に至る。


「何が幸せなわけ?意味分かんないんだけど!」


ここは世界の声が聞こえなくて済むの場所だからな」


 良いに決まってるだろと、魁人はルキアに言う。

 そんなの理解できないとルキアを中心にして黒い小さな光の結晶が浮かび上がり容赦無く周りを。それは紛れもなく、女王の能力だ。


「お止めください!女王様!!」


 メイドが叫ぶがルキアには聞こえない。綺麗に整えられた木々が揺れてはバリバリと折れる。草花が舞い散り地面や城の壁がバキバキと音をたててヒビ割れていく…それなのに、どうしたことか、壊れたはずのは全て

 いったい何が起きたのか、ルキアの理解は追い付かない。


「…え?何で!?」


「この城はどれだけ壊しても元に戻るようになっている。壊すだけ無駄だ」


 ルキアの疑問の言葉に答えたのは魁人だった。涼しい顔で、破壊の能力を使うルキアから距離を取ることもガードの姿勢を取ることもしていなかった。

 ナイトの経験から問題ないことを知っていた…新しい女王であり、新たにこのダーク・ジェイルの主になるルキアに女王の住まう城について教えたと言う方が正しいのだろうか。


「ッ、もう!!」


 感情に任せて、ルキアはまた女王の破壊の能力を放った。それでも壊したはずの城は何もなかったように元に戻るのだ。

 壊しても壊しても壊しても、元に戻る…これは何の嫌がらせの苦行か。


「お前がこのくにの女王なんだから、諦めて女王の玉座につけよ」


 そんな風に言う魁人をルキアはさらに怒りを込めて睨み上げるが、魁人には効かないらしい。

 魁人は軽く、やれやれと肩をすくめただけだった。


「…私を、閉じ込めるの?」


 諦めたようにルキアはぐっと涙を我慢するようにうつむいて、小さな声で呟いた。




 少しして、壊すことを諦めたルキアはボーっと硬くて冷たい石の廊下に座り込んで中庭を眺めていた。そうしているとまた別のメイドが女王就任の儀の準備ができたと女王であるルキアを呼びに来た。


「分かった…」


 ルキアはそう返事だけすると女王就任の儀を行う女王の玉座の間へととぼとぼと歩き出した。

 メイド2人も魁人も置いて、ルキアは迷わずに歩き出した。初めて来た女王の住まう城のはずなのに、勝手知ったると云うように…迷い無く女王の玉座の間に足を踏み入れた。


「え…?女王様、どうして?」


「まるでお城の中を知っているみたい」


「歴代の女王にはらしいって先代…いや、もう先々代だな」


 ナイトだった人に聞いたことがあると言って魁人は案内もせずにルキアが目的の女王の玉座の間に着いてしまったことを驚いているメイド達に言うと、リオンの傍にいたユウガと数秒視線を交えた後にメイド達に列に並ぶように指示する。

 これから女王就任の儀が始まるのだから。誰に聞いたわけでもなくルキアが真っ直ぐ中央の、剣を胸の前で構えて整列している軍人達の前を通って玉座に向かうのを確認すると魁人もリオン達のところへ向かう。


「魁人様、先に女王様に儀式の内容をお教えになったのですか?」


 段取りでは一度リオン達と今話し掛けてきた男、この城の宰相の任に就いている者から儀式の説明を受けてから始める予定だった。


「いや、言ってない。さっきまであいつはストレス発散に中庭で暴れていたからな」


「もしかしてそれはということかしら?」


 確認するようにリオンが問えば、魁人は多分そうだろうと答えた。それにユウガはありえないだろという反応を示すが、宰相の反応は違った。


「すでに、記憶をお持ちの女王様でしたか…」


 今現在、この城で勤めている者の中にはが少なからずいる。

 聖域外の一般人の誰もが知らぬ真実をその目で見てきた者達の記録にあるのだから。

 女王を祭り上げて犠に捧げた、犠牲の上に成り立つこの星のほんの一部の真実を。

 聖域とされる結界の中。ダーク・ジェイル城内の女王の玉座の真で現在行われている女王就任の儀は滞りなく行われた。




 儀式の最後。女王の玉座に座る現女王ルキア・ダークネスと、現女王に一礼して女王の玉座の間を出て行く前女王リオン・アンジェルと元ナイトであるユウガと魁人の姿を城に仕える者達が見送る。

 それはまるで、入れ代えられるような…囚われた少女と羽ばたく天使。

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