第七話

 前女王であるリオンが現女王を探し始めてから、聖域外の時間で1年と数ヵ月がたつ。

 どうして、世界の声に苦しんでいるはずの現女王は見つからないのだろう…何故、このくにの首都である女王の城に来てはくれないのだろうか。






 ★★★★★

 暗闇の星ダーク・スターの首都ライトシャイン。女王の住まうダーク・ジェイル城内にある女王の執務室に前女王であるリオンの姿はあった。


「現女王は見つからず、星は厄災と災害ばかりが広がっていくばかり…」


 この星、暗闇の星ダーク・スターの女王に選ばれてその役目を終えたリオンにとってこの状況は心を痛めるばかりだった。もう、自分は暗闇の星の女王ではない。女王の能力が多少は残ってはいるが、どうすることもできない現状だった。

 できることと言えば“前女王”という肩書きを使い、現地に合わせて軍の編成を指示して送り出す事くらいだ。それも、どうしようもなく散々な被害状況ばかりが報告書として積み上がっていくばかりであり、自分がもう女王ではないと突き付けられるばかりだった。


「早く、早く女王を連れてこないと…」


 リオンの顔は悲痛ばかりを映す。

 現女王の捜索のためリオンの元ナイトであるユウガと魁人は女王を探しに出たまま、まだ帰ってきてはいない。


「今からでも女王の捜索に軍を動かして…」


 机の上の報告書の山を数枚ずつ読みながらリオンはずっと頭を抱えている。もう、このような状況で現女王の捜索に割ける軍の者などいない。

 自分がそうだったように現女王はすぐに見つかると思っていた。それなのに…これは、この状況は自分の失態なのだから。


「リオン、あまり無理はしないでくれ…」


 いつの間にかかけられた声に、リオンは現実に意識を戻された。目の前にいたのは恋人のユウガだ。いるのは彼1人だけで、魁人の姿は見当たらない。帰ってきたのはユウガだけらしい。

 リオンはユウガの姿を認めると、すぐに立ち上がり、その勢いのまま女王は見つかりましたかと聞いた。


「すまない、オレの方は女王の手掛かりは見つからなかった」


 申し訳無さそうな顔をしてユウガが言いながらリオンの肩に腕をまわす。ユウガのその言葉を理解すると、リオンは立ち上がった時の勢いを無くして椅子にストンと脱力した。ユウガが女王の捜索から戻ってきてくれたから、してしまった。もう、1人で待ち続けるのには限界がある。次は自分も女王の捜索に加わろうと思い、リオンがユウガに言おうと口を開こうとした瞬間、執務室のドアが勢いよく開いた。


「何だ魁人か。軍の司令部の奴かと思った…驚かすなよ」


「リオンと2人だけでいて気が抜けてただけだろう?」


 そのまま執務室に入り、魁人はドアを閉めながら苦笑しているユウガに呆れつつリオンに告げる。

 この世界で、一番大切で自分の手で幸せにしてあげられないが、誰よりも何よりも幸せでいてほしい彼女が今一番欲しい言葉を俺が言える。ユウガではなく俺にリオンの視線が向けられるのが何よりも


「女王を見つけた」


 リオンの視線を、興味をユウガじゃなく俺に向けさせて喜んでいるなんてリオンには悟らせない。計算通り、リオンがユウガの腕を振りほどいて俺の方へと走って来るのは気分がいい。それに何よりもユウガの顔がとても嫌そうで面白い。


「それは本当ですか?」


「何!?…クソっ先越された」


 リオンが嬉しそうに確認するのとほぼ同時に、自分の敗北を理解したユウガは悔しそうに魁人を睨みつけながらリオンの後ろに移動した。

 早く自分の言葉を肯定して欲しいとリオンは期待の籠もった目で魁人を見上げて次の言葉を待っている。


「学院で見つけたんだ。世界の声に苦しんでたから間違いないはずだ」


「学院だと!?オレが真っ先に探した場所だぞ?」


 ユウガの言う通り、彼は女王がいる場所に検討をつけて一番最初に行ったのが聖ライトシャイン学院だった。次に聖霊魔学院だったほどに。学院はくまなく探したはずだった。

 だが外の時間でリオンが女王の玉座を下りて1年と少しが経っている…聖域にいて、そこで生きる者には時間の神であるアイオーンの領域から外れる事になるために、“タイミング”が合わなかったのだろうと推測できる。


「話は後です。急いで向かいましょう」


 リオンは執務室を飛び出し、元ナイトの2人を置いて城の廊下を進む。普段はおっとりしているが、リオンはこの暗闇の星ダーク・スターの女王だった女性である。いざという時の行動力は折り紙付きである。

 そんな先に行ってしまうリオンに慌てた様子もなく、これが当たり前という風に元ナイトであるユウガと魁人も後に続いた。






 聖ライトシャイン学院。比較的体調の良くなったルキアは授業を受けていた。

 この教室で行われているのは音楽であり、様々な楽器がこの教室にはある。星の長い歴史、過去の国々や信仰する神々の違う部族、ありとあらゆる文化が混じり合い成立した現在の音楽。

 そのルーツを学ぶのが今行われている統合音楽史という授業だった。


(また、声がする…)


 昨日、緋友といつもどおりケンカをして部屋で倒れてから、どうやら緋友が直々に回復系の能力を使ってくれたらしく珍しく声の聞こえない時間が長く続いていた。だがそれももう効果は切れかかっているらしい。


「嫌です先生!他の子とやらせてください!!」


 久しぶりの授業であるせいか、1人でいることの多いせいか、ルキアはすでに学院では孤立している。そのためルキアの座る席のまわりに生徒の姿はなく、2人1組でする今回の課題はたまたま仲の良いグループから外れてしまった女子生徒が先生と話していた。


「しょうがないでしょう。2人1組の課題なんだから」


(女王様…)


「あの子と一緒になんてやりたくないんです!!」


(こんな世界に生きたくない…)


 ルキアの耳には目の前で自分と組みたくないと言う女子生徒と先生の声と女王の能力である“世界の声を聞く力”で聞こえるこの星のどこかの声が混ざりあって聞こえていた。

 目の前の肉声と頭に直接響いてくる声の区別がよく分からない。


「っ…うるさい…」


 ルキアは何も聞きたくないと、両手で耳を押さえた。それでも世界の声は容赦なく


(女王のいない星などが生きていけるわけがない)


(家も家族も、もうない…俺には生きる意味が見出だせない)


「そんなの、こっちだって…!」


 ーーー《我らの望みどおりにこの星を破壊しろ》


 ルキアが世界の声に答えるように叫ぶと、最近止むことの方が少ない雨が強くなった。風が音を立てて荒振ったように駆け抜ける。そして少し遅れてピカッと光も駆け抜けていく…雷の音が鳴り響いた。

 教室の中は驚きと得体の知れない恐怖が支配する。窓の外には無数の稲妻が暗い空を駆け回っているのが見える。学院内外に降り注ぎ、その下は紅い光が湧き上がる。


「火事よ!」


 誰かが叫んだ。非常事態だというように学院内に放送音と声が鳴る。いつの間にかパニックを起こした生徒は収集がつかず、本来このような場面において投入される次期軍人となる可能性の生徒はほとんどが学院の外の応援に駆り出されている。教師陣も例外ではなかった。

 あっという間に、稲妻から生まれた火は炎へと姿を変える。この暗闇の星の女王として、ルキアがふるう破壊の能力は聖霊魔術学院の優秀な生徒達とも桁が違う…そんなルキアの目には紅い炎と閃光の稲妻が狂気で踊っているように見えた。逃げ場など無く、人も建物も関係なく勢いの増すばかりの炎に呑み込まれていく。


「世界の、悲鳴が聞こえるの…この星に生きることが嫌だという想いがッ…!!」


 それがすべて、というようにルキアは笑う。女王であるルキアに近いほど、炎などの影響は受けない生徒達が異様であるルキアを見る。

 そんなところへ、平然と現れる人物が3人いた。


「それがこの星世界のすべての声ではないわ」


 凛として、有無を言わせぬ声。ルキアの目の前に現れたのは、やはり前女王であるリオン・アンジェルと彼女の元ナイトであるユウガと魁人だった。

 燃え盛る炎を抑え込んでルキアの目の前に進んでくる。その能力は、前女王として残った能力ちからである。まっすぐとルキアを見るリオンのライトブルーの瞳には強い意志が宿っている。


「まさか、女王様?」


「それは違うわ。暗闇の星ダーク・スターの女王はあなた」


 ああ、とルキアは悟る。女王に逃げ場など無いのだと。

 星の意思は、どうして私なんかを選んだのだろう?

 世界はどうして、私を逃げられないようにするの?


 ーーー「女王はこの星の“犠”だからよ」


 自分の中の、答えの出ないはずの問いに答える声があった。その声は自分ではないはずなのに、だった。

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