第六話

 絵本からのアニメ化やドラマ化など、歴史書を飛び出した“女王とナイト”の物語は女王とナイトが恋に落ちるラブロマンスであり、すべてがハッピーエンドに終わる。だけどそれは数ある中のほんの一部でしかない。

 星の意思に心を蝕まれ、女王となることは耐え難い苦しみであることを見ることができるのは難しく書かれた歴史書のみである。

 だから、世界を…くにを憎み、死を選ぶ歴代の女王がほとんどをしめている。






 ★★★★★

 秋斗に家まで送ってもらったルキアは、大丈夫だと秋斗を見送り玄関の鍵を開けて中に入った。そこには再従兄弟のいつも履いている黄緑色のラインが入ったスニーカーがあった。ルキアが朝食を食べる頃にはすでにいなかった彼だが、もう帰って来ているらしい。

 自分のことは言えないが、彼はちゃんと学院に行っているのだろうか?と思うが、それ以上は考えないことにした。


「…ただいま」


 とりあえずそれだけ呟いてルキアは靴を脱ぐと、脱いだ靴をそろえてから階段を上がり、秋斗と再従兄弟の部屋の前を通り過ぎて一番奥にある自分の部屋に入った。

 部屋に入るなりルキアはスクール鞄をそのへんにドサッと置き、ドアを閉めて鍵も閉める。誰も入って来れないように。自分を守るように、ルキアはその場に膝を抱えて座り込んだ。最近はそれが日常となり、部屋に閉じ籠もるようになっていた。


「何で…何で私がッ…!」


 最近になって、いやその前から薄々は気づいていた。自分がこの星の女王として選ばれたのではないかと…だとしても、気づきたくなかった。認めたくなかった。ただでさえ、ルキアの種族は最弱と言われる人間なのだから。

 人間という種族に生まれ落ちたルキアは知っていた。自分が鬼やヴァンパイアに喰われるだということを。

 1人になると、ルキアはさらに自分を、世界を憎む言葉ばかりを唱え続ける。それはまるで・・・・・


「やめてくれない?いつもいつも言うの」


 ドア越しに、鬱陶しいと言うような声が聞こえた。そう言うのは再従兄弟の宮城緋友だ。まだ声変わりの終わっていない聖霊魔術学院の中等部の生徒であり、実技は成績優秀のため高等部や軍校舎にまざっているほどだ。種族は言わなくても分かる。人間という種族が進化したマジシャンである。


「あんたはいいよね、“マジシャン”に生まれたんだから!!」


 ルキアはさらに憎しみを込めて叫んだ。両親達と同じ種族、ルキアだけが劣等種だった。だから、いつからかそれは必然であり、ルキアと緋友は相いれずに互いを嫌う。お互いがお互いを視界に入れるだけでお互いを嫌悪する。それを知っていながら秋斗は2人を引き取り、同じ家に住まわせたのだから。


「そんなの知るわけ無いだろ!僕が悪いんじゃない!!悪いのはルキアだろ!?人間のくせにさぁ」


「好きで人間なんかに生まれてくるわけないじゃん!!こんな世界にッ…!!」


「だから喋るなよ!ルキアはマジシャンじゃないくせに!!お前の言葉は言霊を通り越して呪詛だって言ってるだろ!?」


 ルキアの瞳は視界が歪み、溢れて止まらない涙が頬を伝い落ちては制服のスカートや床に跡を残す。

 扉越しの口喧嘩もほぼ毎日だ。この先も、終わることはきっと無い。


「…こんな世界なんて、・・・・・」


 そう小さく呟いた。だが、その言葉に含まれた“憎悪”は計り知れない。

 すると窓の外がらピカッと光りが差し込んだ瞬間、ドォーーーン!!と、とてつもなく大きな雷が鳴り響いた。本当は、ルキアが部屋に入った時から部屋の窓を少しだけ雨が叩いていた。そこに緋友の声が加わる。

 2人の怒鳴り合う声の大きさは、窓や家の屋根や壁を叩く雨と呼応するように強く想いを増していった。その先に今の雷が発生した。

 口喧嘩は止んでいた…それでも外は雨風が酷くなり、雷も連続してゴロゴロと鳴り止むことをしていない。


「(“世界の声”なんて聞きたくない…)」


 ルキアのその声はちゃんとした音にはしきれずに外の音に掻き消されていた。いつの間にか、緋友がルキアのすぐ後ろにいた。部屋のドアの鍵は閉めていたはず。でもきっとマジシャンとしての能力を使ったのだろう。

 ルキアはフッと、自分を笑う。再従兄弟の緋友は両親にちゃんと似てなのだから。こんな自分とは違う。


「お前は、星を壊す気かよ!?」


 もうずっと、彼の怒った顔しか見ていない。おばあちゃんがいた頃は、まだマシだった。

 何で、どうして私はこんなにも緋友を嫌いになったのだろうか…。

 ルキアは後悔や悲痛を映した瞳で緋友を見上げた。彼のライトグリーンの瞳にそんな自分が映る。


「ご、めんね…緋友・・・・・」


 そう小さな声で緋友に謝ると、ルキアは意識を手放した。世界の声はすごく体に悪い。

 とても苦しそうな青い顔をして、床に倒れ込むルキアを緋友は頭を床にぶつける前に手を伸ばして抱き寄せた。大嫌いだとしても、何故か体が勝手に動いていた。


「…ルキアなんか、大っ嫌いだよ!」


 ーーー誰が、大嫌いなルキアお前なんて守ってやるもんか。


 それでも緋友はルキアを抱き上げてベッドへと運んで、ちゃんと布団をかけた。けして、秋斗がルキアを溺愛していて後でシメられるのが恐ろしかったわけじゃない。

 これも勝手に手が動いただけだ。

 誰に似たのか、ルキアも緋友も本来持つ本質は良く似ている。

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