第53話 いきなり欲張りセット

 

 動画撮影が終わった事を俺と鷲尾さんは斧田さんに伝えると「動画編集は鷲尾くんがやるかい?」と聞かれる。

 

「僕がやっても良いんですが……」

「ただ鷲尾くんには色々頼み過ぎてる気がするからね。動画編集までまるきり任せるのも、ちょっとね」

 

 鷲尾さんも色々と忙しいらしい。

 原因は俺とか、雅くんあたりもあると思う。多分だけど。

 

「鷲尾くんと奈月くんにはチェックとかお願いしてもらう感じかな」

 

 聞いてると番組制作みたいな感じだ。実際はテレビの制作裏なんて知らないけど。

 

「動画データは預かるよ」

 

 鷲尾さんはカメラを斧田さんに渡す。

 

「それで、どうだったかな?」

 

 鷲尾さんが「まあ色々と慣れないのもありましたけど……面白かったですよ」と答える。

 

「奈月くんも楽しめたかい?」

「はい、美味しかったです。混沌としてましたけど」

 

 俺が答えると、鷲尾さんがジトッとした目で見てきてる様な気がした。

 

「混沌……? まあ、見てみれば分かるかな。今日はお疲れ様……それとも勉強していくかい?」

 

 俺は鷲尾さんと顔を見合わせてから、首を横に振った。

 

「今日は遠慮しておきます。ちょっと気を張った所もありますので」

 

 俺も鷲尾さんの言葉に同調する様に頷く。

 名前の呼び方とか、色々。

 正直、配信ではないのだからカットはできるだろうけど。それでもだ。

 

「それでは失礼します」

「失礼します」

 

 俺たちは事務所を後にして一階に降りる。

 

「たいやきママ、一階で待ってるって言ってましたよね」

「そうだね」

 

 見当たらない。

 たいやきママが動画撮影の記念とかで食べに行こうとか言ってたのに。

 

「ん? アレじゃない? カフェにいる」

「あ、本当ですね。一人で……あれ、一人じゃないですね」

「ああ、本当だ。アレは……金華さん?」

 

 つい先日の例のやりとりを思い出したのか、鷲尾さんは慌てた様子でカフェに入っていく。

 

「遂に手を出したのか、この犯罪者がっ」

 

 迷う事なく鷲尾さんはたいやきママの下へ。俺も置いてかれない様に付いてく。

 

「酷くない? 言いがかりだよ。ただ、お話ししてるだけだよ。ね、黄金ちゃん?」

「ア、ハイ」

 

 どうも雅くんは正気のように思えない。

 

「ほら、たいやきさん。僕たちも報告とか色々終わったので、いい加減ご飯食べに行きますよ」

「なら黄金ちゃんも一緒に〜」

「奈月くんで満足しなさい」

「一個一個が百点満点花丸でも、花は幾らあっても良いんだよーっ!」

 

 たいやきママの願いを鷲尾さんが叶える事はない。


「それに金華さん、黄金さんも予定があるかもでしょ」

「むむ〜っ……確かに」


 そんなやりとりをしながら店の外へと運んでいってしまった。

 

「はっ……デートのお誘いは!? 美人人妻との背徳的デートは何処へ……?」

 

 たいやきママが居なくなったことで雅くんは正気を取り戻していた。


「奈月くん」

「うん?」

「お母さんとお姉さんをオレにください!」

「いきなり欲張りセット要求することあるかな?」


 違った、まだ正気じゃなかった。

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