第46話 雅くん発狂

 

 勉強会の休憩中。

 今、部屋には俺と雅くんだけ。鷲尾さんには雅くんが「ちょっと奈月くんと真剣な話があるので」と退室する様にお願いしていた。

 

「奈月くん。その……深谷先輩との続柄は?」

 

 続柄とか口語で滅多に使わないと思うけど。

 

「深谷先輩って……深谷胡桃であってます?」

「そう! 深谷先輩!」

「深谷胡桃は俺の姉ちゃんです」

「姉……姉。姉」

 

 ブツブツと呟きながら、雅くんは考える様な顔をする。

 

「深谷先輩がお姉ちゃん……ふひっ」

 

 顔は動いてないのに、変な笑い声だけが漏れ出ている。

 

「雅くん?」

「あ、えーと、それで奈月くん」

「はい?」

「もしかして同棲してる?」

「今は、そうだね」

「同衾は? 同衾はしてないよね!?」

 

 雅くんは俺たちを何だと思っているのか。

 

「いや、する訳ないでしょ。いい年でさ」

「それは深谷先輩をそう言う目で見てるってコト?」

 

 あれ、おかしいな。

 雅くんの思考が変な方向にいってるぞ。

 

「あのさ、俺と姉ちゃんは血縁だからね?」

 

 そんなことになる訳ない。生まれた時からの家族なんだから。そう言う目でお互い見るなんて絶対ない。

 

「でも血縁も愛の前では関係ないって、ある漫画が……」

「漫画は現実と違うから!」

 

 俺は雅くんの肩を揺らす。

 

「そ、っか。そうだね」

 

 ようやく正気に。

 

「……オレが奈月くんと結婚すれば深谷先輩がお姉ちゃんに?」

「全然正気じゃねーや」

 

 そんな理由で結婚とか絶対嫌だ。と言うか高校生だよ、俺たち。

 

「オレたち趣味合うし、妥協するには良いラインだと思うんだ」

「お願いだから雅くん正気に戻って!?」

 

 どうやったら正気に戻せるんだろう、この暴走機関車。

 

「ああ、めくるめく新婚生活ぅ……!」

「それ絶対、俺とのじゃないよね? 姉ちゃんとのイチャイチャ生活夢描いてるよね?」

「……ふふ」

「でも、雅くん」

 

 万が一姉ちゃんと暮らせる様になったとして、本当に大丈夫なの。

 と素直に口にする。しばらくの間を置いてから雅くんが崩れ落ちた。

 

「あ、あ、あ。あ。深谷先輩が朝にコーヒーを淹れてくれた……でも、オレは何も言えない。ご飯を作ってくれた。でも面と向かって答えれない。そして、冷え切っていく夫婦関係」

 

 その想像だと冷え切っていってるのは雅くんと姉ちゃんの関係だけど。

 深くはツッコむまい。

 

「キィイイイアアアアアアッッッ!!!?」

 

 破滅が脳裏を過ったんだろう。

 

「その……大丈夫、雅くん……?」


 絶望に膝を折った雅くんを見下ろしながら、俺は尋ねる。


「奈月くん……オレには、過ぎた理想だったのかな」

 

 そんな儚げな声が響いた。

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