第35話 姉のヤケ食いに付き合う一夜
「ただいまー」
姉ちゃんが帰ってきた。疲れてるのか、いつもより声にハリがない。今日も就活があったとの事。それに九月になってから段々と焦りが強くなってきてる。
「ご飯! ご飯食べに行くよ、奈月!」
「え!? ちょ、いきなり?」
「美味いもん食べてないとやってられるかー!」
俺がスマホを弄って、清水さんとやりとりをしていた所を姉ちゃんは無理矢理に連行する。俺は取り敢えずと『すみません。ご飯食べに行ってきます』と連絡を入れる。
「そ、それで何処行くの?」
俺の腕を引っ張ったままの姉ちゃんが「美味しいとこ!」と碌な答えも返さずに突き進む。
「────ほいで、人間には三大欲求てのがあって。イライラしたら大体このどれかを満たしとけば何とかなるの」
と、刺身を口にしながら姉ちゃんがいう。
「で、今はヤケ食い……?」
「そういう事」
後は寝るか、性的な……うん。
と、取り敢えず、この話は置いとこう。俺まだ一七歳だし。
「それって肉とかじゃない?」
「無理重たい。お肉を暴食できない」
「お酒は?」
「アンタ居ると頼めないし。そもそも私、酒苦手だし」
酒って何飲んでも独特のアルコール味があって苦手なんだよね、と姉ちゃんがエビを食べながら言う。
「いやぁ、まさかね。アンタの方がトントンで行くとは」
姉ちゃんが俺を羨むような目で見てくる。
「…………」
そう言われると少し申し訳ないような。
「あー、ごめんごめん。それはそれで良いんだよね。うん、本当」
姉ちゃんの食事の手が止まった。
「まだ結果出てないのが何個もあるんだよ。ただ、今日も『疲れたな』とか『頑張ったしな』って、まあ……ただ『失敗したかも』とかも。だから、そういう気分だったんだ」
分からないし、今回のが上手くいってない気がする。だから不安で仕方なくなって、俺を飯に誘ったとの事。
「……俺って迷惑?」
ただ姉ちゃんのとこに居るだけ。
いや、まあ確かに事務所に行ったりしてるからヒキニートからは脱却できてるかもしれないけど。
「ううん。寧ろありがたい。だって話聞いてくれる人が居るんだよ? メッセージとかよりも電話よりも分かりやすいでしょ」
「そう?」
「……ま、私がそう思ってるって話。別に奈月に理解なんて求めてないしー」
そう言って今度はマグロの刺身に箸を伸ばした。
「ねえ、俺以外には相談しないの?」
「奈月、アンタが一番気遣わなくて良いの」
「それって喜んで良いの?」
「喜んで良いの。そんだけ……」
姉ちゃんは何かを言おうとしたものの閉口してしまう。俺が何を言おうとしたのか気になって、首を傾げても「いや、何でもない」と笑うだけ。
それから、姉ちゃんは俺の皿に刺身を取り分けた。
「あ、ありがとうございます!」
皿に乗せられた刺身を見てから、姉ちゃんの方に顔を向けて感謝を述べながら頭を下げる。
「ここ奈月にも払ってもらうけど」
「ふぇ?」
「まあ、母さんから金は貰ってるし。そこからだけどね。それに私の方が多く払うから。心配すんな」
俺が呆気に取られたのを見て、姉ちゃんが余計に笑みを深めた。
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