第33話 普通の会話

 

「いや、ついさっき思い出しまして」

 

 鷲尾さんが帰ろうとした事の言い訳を述べる。

 

「────いや、大丈夫ですよ。人間ですし、そう言う事もありますよ」

 

 清水さんの表情は変わらない。さっきと同じ、無表情。

 

「別に気にしてませんよ、ええ」

 

 嘘だ、絶対気にしてる。

 俺もそう思ったけど、鷲尾さんもそう思ってると思う。

 

「別に『私の事なんてどうでも良いんだ』とか『そりゃこんな面倒くさい人間好かれるわけないか』とか、考えてませんから」

 

 考えてるじゃん。それは絶対に考えてるじゃん。

 

「まあ、そんな事より」

「そんな事より」

 

 これはアレだったんだろうか。一種のボケみたいな感じなのか。

 

「何ですか、奈月くん」

「…………いえ、何でもないです」

 

 でも、流石に「ボケだったんですか?」と確認できるほどの胆力はない。清水さんってコミュニケーションが取れなさ過ぎて、情緒が不安定になるタイプの人だから。

 

「まあ、それで。私は二人がここに来るまで考えてたんですよ」

 

 テーブルに肘をつき、顔の前で両手を組んで清水さんが語り始めた。

 

「────会話をする時、ガチガチに考えすぎなんじゃないかって」

 

 それは、どうなんだろう。

 

「俺たちの時も考えてるんですか?」

「君たちは別に同じグループじゃないじゃん? 同じ事務所だけど。そこまで『関係悪化したら今後が……』ってはならないし。だからって会話しなかったらしなかったで、私が嫌な感じするし」

 

 確かに清水さんの言ってる通りなのかも。

 そこまで気にしてるから会話が出来ないのでは、と思わなくもない。

 

「ダンスグループのメンバーにも僕たちと同じ様に接すれば良いのでは?」

 

 鷲尾さんの提案に清水さんが「大丈夫? 距離近過ぎ、とか。遠慮とか知らないのかよとか思われたりしない?」と不安そうに聞いてくる。

 

「俺たちに対する遠慮とかはないんですか?」

「遠慮があったら相談してないし。君たちに弱みを握られてるんだから、もう開き直るしかないよね」

「その弱みは握られたと言うか、自分で晒した様なものでは?」

「……私の弱みは君たちに握られてるんだ、良いね」

 

 とんでもない眼力で俺たちを見てくる。逆らう意思すら抱くこともできず、俺と鷲尾さんは大人しく首を縦に振った。

 というか、どんな脅迫なんだ。

 

「それで君たちとの会話ね。それ女子高生の会話とは毛色違うくない?」

 

 俺は同年代なだけ、鷲尾さんは元教師なだけ。女子高生の会話に対するそれなりの答えを提供できないと思うの。

 

「でも、流石に唐突なネタ振りとかするよりはマシだと思いますよ?」

 

 鷲尾さんの発言に清水さんは顔をうっすら赤くして「今はしてないから!」と叫ぶ。

 

「そ、それに。君たちとの会話って言っても、今は相談してるって形式だから上手く行ってる様に見えて……普通の会話はしてないってことじゃん」

「あ。そういえばそうですね」

 

 俺も思い返してみれば、会話の内容はコミュニケーションに関する相談。日常会話と言い切れない様な微妙な物かも。

 

「だから、君たちに次の依頼だ」

 

 そんな風に言い出した清水さんを見てから鷲尾さんが俺に「また何かやり始めたよ」と耳打ちしてくる。

 

「そこ、コソコソ話しないで!」

 

 俺たちが肩をビクッと振るわせると、清水さんは咳払いしてから。

 

「……私に普通の会話を教えてください」

 

 と、告げた。

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