第29話 歩くホラー

 清水さんと会ってから暫く。俺と鷲尾さんは勉強のため、と言うのともう一つ。実はたいやきママのイラストがほぼ完成したとの事。

 微妙な調整があれば言って欲しいとの事で、午後からたいやきママと通話を繋ぐらしい。

 

「楽しみですね」

「そうだね。イラストの調整が終わればLive2D……モーションの方にも取り掛かれるんじゃないかな。これまた一ヶ月くらい。十月くらいにはデビューかな」

 

 なんて段々と近づいてくる、というか目に見えてきたVtuberデビューの日について話をしていると「そこの二人、止まりなさい」と後ろから声をかけられた。

 

「この声は……」

 

 記憶に残ってる。濁り目残念美人の清水さんだ。

 

「お疲れ様です、清水さん」

「こんにちは、鷲尾先生」

「どうしました?」

「少し、話したいことがありまして」

 

 あ、すごい目が濁ってる。

 また何か嫌なことでもあったのかな。俺が「何かありました?」と聞くと、グルンと勢いよく顔を向けてきた。

 目がかっぴらいてる、のに光がなくてホラーすぎる。夜見たらトラウマ物だ。良かった、夜じゃなくて。

 

「ねえ、相槌打ってれば良いって話だったよね?」

 

 滑らかに俺に近づいてきて肩を掴んでくる。

 

「ひっ……」

 

 余りの怖さに思わず声が漏れてしまう。夜じゃないけど、怖いのは怖い。

 

「あの、奈月くんが怖がってるので……」

 

 鷲尾さんが止めに入ってくれた。今度は油の切れた機械の様に、ゆっくりと首が動き鷲尾さんの方に向く。

 

「うおっ……!」

 

 鷲尾さんすら仰け反らせた。

 

「鷲尾先生も会話に入るのに、待ってれば良いって言ってましたよね」

「そ、そうですね」

「…………」

 

 清水さんは俯いて黙り込んでしまう。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 俺が聞けば「……なかった」とポツリとつぶやきが響く。

 

「へ?」

「会話が生まれなかったの! このZ世代め! スマホぽちぽちって……時間までそれって! 相槌? 何それ。会話? ないけど?」

 

 また早口だ。メンタルやられてる時は大体こんな感じなのかもしれない。

 

「気まずすぎて自分から話題切り出しましたよ、ええ。それで『アニメとか見たりしてる?』って聞いたらさ」

 

 俺は「……どうなったんですか?」と続きを促す。

 

「ビクッてね。ビクってしてから……警戒心丸出しの猫みたいな感じで『まあ、はい』って。だから、それ以上踏み込めなかったの!」

 

 ズン、と沈んだ雰囲気が出てる。

 さっきからずっと掴んだままの俺の肩を揺らしながら「どうしたら良いんだよー!」と叫ぶ。

 

「あ、あのー清水さん」

「何ですか、鷲尾先生! 私、色々話したいんですよ! 今の高校生のこととか! 人間関係のこととか!」

「いや、本当に申し訳ないですけど……僕ら、ちょっと用事ありまして」

 

 ピタリ、と動きが止まる。

 

「……ふへへ」

 

 震える笑い声が目の前から。

 

「……見捨てないでね。待ってるからね。終わるまで。カフェで」

 

 作り笑いが俺たちを見つめていた。

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