第27話 濁った目の(推定)先輩

 俺の足が復活するまでに、このレッスン場に他の人がやってきた。黒髪ショート、長身の女の人。シゴデキ美人という言葉がよく似合う。

 見たところ、俺より歳上で鷲尾さんよりは歳下くらい。

 それで姉ちゃんも腰とか細いけど、それよりも色々細い。

 

「あれ、使ってました?」

 

 俺と鷲尾さんはお互いに見合って、確認する。俺は首を横に振り、鷲尾さんは「すみません、直ぐ出て行きます」と謝罪を告げる。

 

「そうですか」

 

 おかしい。

 俺が倒れたのが二十分前くらいだとして、予定ではまだここは使われてないはず。と言うか夕方まで入ってないって斧田さんが言ってたぞ。

 それでも、正式な許可とも言いづらい許可だから権利を主張しにくい。

 

「あの、夕方までレッスンは入ってないと斧田さんに聞いたんですが」

 

 鷲尾さんが俺の思っていた事をそのまま口にした。女の人は「そうですね。ただ私が早く来ただけです」と。

 

「奈月くん、立てる?」

「行けるかも……あ、ダメ」

 

 立ちあがろうとするも、直ぐに無理だと気づく。まだ無理だ。

 

「もう二十分以上経ってるんだけど!」

「しょ、しょうがないじゃないですか! 俺だって、俺だって……頑張ってるんですよ!」

 

 俺は床にうつ伏せになったまま抗議の声を上げる。

 

「いや、あの。別に『今直ぐ消えろ、俺に殺ろされん内にな』とは言ってないんですけど……」

 

 綺麗な顔立ち、爽やかさすら感じる声で吐き出された冗談。俺も、鷲尾さんすらも反応できなかった。

 証拠に、体感数秒ほど空気が固まった。

 

「……奈月くん、ヤバいって」

 

 鷲尾さんは、屈んでコソッと耳打ちをしてくる。

 

「初対面でネタ振りされたのに、反応できなかったから凄い気まずいんだけど」

「……それ、俺の責任じゃないです」

「早く立ち去りたいんだけど」

「いや、立てないんです」

「この際、匍匐前進でも良いから」

 

 俺は必死に匍匐を試みる。

 

「鷲尾さん鷲尾さん」

「ん?」

「肘が痛いです」

「…………」

 

 無言はやめて。

 

「あの」

 

 呼び止められてしまった。

 

「は、はい! 何でしょう!」

 

 鷲尾さんの声が裏返ってる。

 

「何にもないんですか」

「はい?」

「酷くないですか? 歩み寄ろうとしてるのに、無視って酷くないですか」

「あ、それはすみません」

「謝るくらいなら最初からやらないでくださいよ!」

 

 俺は顔を上げて女の人を見る。何か涙目になってる。

 

「そ、そうだそうだ! 最低だぞ、鷲尾さん!」

「オイ、そこ裏切るなァ!」

 

 取り敢えず、鷲尾さんを売っておこう。女の人が怒るのは怖いのだ。姉ちゃんと母さんでちゃんと学習してる。

 

「……折角、ダンスグループ組んでくれたのに皆んなと仲良くなれないし」

 

 蹲み込んで右手人差し指で床にのの字を書き始めた。

 

「人間関係マジ鬱。死にたい。どこ行ってもこんなんじゃん。変わろうとしてるのに」

 

 やべぇ、めちゃくちゃ触れにくい。

 

「自虐ネタもダメ、漫画とかのネタもダメ。じゃあ、コミュニケーションどうすりゃ良いのよ!」

 

 俺は痛みを我慢して匍匐で進む。

 何だか鷲尾さんの方から滅茶苦茶視線を感じるけど。

 

「ねえ、君」

 

 影が覆う。

 

「ひゃ、ひゃい!?」

「高校生ってどんな会話するの? ねえねえ、ねえ」

 

 俺が恐る恐る顔だけ向けると、濁った目が俺を見つめていた。


「教えてよ、ねえ」


 いや、濁りすぎて俺に向いてるかすら分からないや。

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