第22話 抗議≠性癖開示
「……記録更新だ、奈月くん!」
「ふ、ふへぇ……」
「最長勉強時間だよ!」
俺の上半身が机の上に倒れ込む。顔の下には問題集が広がっている。
「理論的に行けば、三日後にもう一度。一週間後にもう一度。一ヶ月後に全体の復習問題を解けば間違いなく君の力になる」
「や、やめ……やめて。今日はもう勉強の事考えたくないですから」
苦手科目をパンパンに詰め込まれたら疲労感も一入の物。得意科目が何かと聞かれれば答えに困るんだけど。
「一週間後に六割くらい身についたって実感できるよ」
「……本当に効果あるんですかね」
俺は学校の勉強は面倒くさいと思ってたし、碌に勉強の仕方は模索して来なかったからぶっちゃけ半信半疑。
「奈月くん。エビングハウスの忘却曲線というのがあってね……」
「あーあー! 勉強の事はもう良いんです!」
「……じゃ、小難しい話は無しにして。学校じゃ基本的にこんな事は出来ない。今みたいに一対一じゃないからね」
理論の説明を聞きたく無い俺に応えてか、鷲尾さんは忘却曲線なんたらの話は取りやめた。
「覚えようと思ってるなら、このやり方は間違いなく効果的だよ。僕も最初やった時は半信半疑だったけど、これは本当」
鷲尾さんもやった事があるらしい。
「明日は世界史の────」
明日の勉強の内容を話し始めようとした鷲尾さんの言葉を断ち切る。
「…………ご飯! ご飯食べたい! お腹空いた!」
疲れ過ぎて言葉を選ぶ余裕すらない。
「斧田さんに挨拶してから帰ろっか」
「うぁい!」
俺はのそりと立ち上がり部屋を出る。事務所に向かい斧田さんを呼んでもらう。しばらく待つと斧田さんがやってきた。
「帰るかい?」
「奈月くん疲れちゃったみたいで……」
「勉強は順調かな?」
斧田さんの質問に俺は首を傾げるしかない。まだ実感がないから。俺は横の鷲尾さんにどうなのか、と視線を向ける。
「奈月くん、飲み込みいいですよ」
目の前で褒められると、何というか。満更でもない。
「それは良かった」
ところで、と斧田さんは話を変える。
「……たいやきさんから第一案を却下したことに対して、抗議の電話が来てたんだけど」
「なんて言ってました?」
「『オオカミ耳がダメなのか!? 猫耳はどう!? 犬耳、犬耳も良いね! 犬耳男の娘とか萌えの塊〜ィ!』と」
「抗議じゃないですね、それ。性癖開示してるだけです」
鷲尾さんがキッパリと言う。
「詳しい話は明日にする様、私からお願いしておくよ」
斧田さんが俺の方を見た気がする。
「取り敢えず、気をつけて帰る様にね。危ない人も居るには居るから」
何故か沈黙が訪れた。
何でか。誰かの名前が俺たち三人の脳裏を過ったからか。
「ありがとうございました。では。ほら、奈月くん」
「あ、はい。さようなら、斧田さん!」
俺と鷲尾さんは事務所を後にした。
「ご飯、ご飯〜。今日のご飯は何ですか?」
「牛カツ屋さんとかどう?」
「おお、豚カツじゃなくて牛カツ。食べたことないです」
写真とか動画では見たことあるけど。
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