第17話 第二のママ

 

「平日の昼に呼び出してすまなかったね」

 

 九月になった頃。

 俺と鷲尾さんはまた事務所に来ていた。九月、平日。完全に高校の夏休みは終わっている。事務所に着いて顔を見合った瞬間にお互いの言いたい事は分かっていたと思う。

 過干渉しないという条約だ。

 俺からも鷲尾さんからも『今日平日なのに、暇なんですね』なんて発言は出ない。

 

「いや、全然」

 

 俺がそう答えれば、鷲尾さんは「今日は予定がなかったので」と続けて言う。俺も今度からそれを使おう。

 他の日には何か予定が入ってる感じがしてニート感が薄れる。

 

「……そうだね」

 

 そして、俺と鷲尾さんのそれぞれの事情を知ってるであろう斧田さんがくく、と軽く笑う。

 

「今日はこれから君たちの絵を描いてくれるイラストレーターと会話してもらう」

「おお!」

 

 テンションが上がって、思わず声を漏らしてしまった。

 

「通話は音声だけで、と言う条件を付けさせてもらうけどね」

 

 斧田さんは理由を簡単に説明してくれた。第三者が直感的に感じた事を形にしてもらった方がVtuberの視聴者との認識のズレも小さくなるのではないか、という考えかららしい。

 

「あと、カメラを回させてもらうよ」

「え?」

 

 今のは俺ではない。

 鷲尾さんの声だ。

 

「イラストレーターも交えて、何か面白いものが撮れるかもしれないしね」

 

 なんならイラストレーターさんにも許可をもらってるらしい。パソコンの準備が整った部屋。扉を開く直前、斧田さんは俺に「イラストレーターは君の第二のママだ」と真っ直ぐに目を見て言う。

 

「ママ……そうですね」

 

 俺のVtuberとしての身体を授けてくれる人だ。

 

「では、二人とも。話しておいで」

 

 扉が開かれる。

 

「失礼します」

 

 鷲尾さんの後ろから「……しまーす」とテーブルの上にパソコンだけがある部屋に向けて言う。

 

『あ、あー……斧田さんが言ってた新しいVtuberの人たちですか?』

 

 聞こえてきたのは女の人の声。

 年齢的に鷲尾さんと同じくらいだと思う。

 

『はじめまして、イラストレーターの「たいやき」です』

 

 俺は感動を覚えながら、一言。

 

「────僕のママですね」

 

 瞬間、軽く頭を叩かれた。

 

「……痛い」

 

 俺は頭を抑えて鷲尾さんを見る。

 鷲尾さんは呆れた様な、やっぱりと言う様な顔をして閉められた扉を一瞥した。

 

「はじめまして、鷲尾です」

「あ、すみません。奈月です」

 

 俺たちのVtuberとしての名前はまだない。それも今後、考えるはず。

 

『良いですよ、ママと呼んでも』

「たいやきママと呼ばせていただきます」

『今は奈月くん? で良いのかな』

「はい!」

『それで鷲尾さん? でしたっけ。鷲尾さんも良いですよ』

 

 鷲尾さんは眉を顰めて「僕にそう言うプレイの趣味はないので」と遠慮する。

 

『そうですか……私、独身で子供いないんですけど、ママって呼ばれるの憧れだったんですよ』

「そうなんですね。婚活とか頑張ってるんですか?」

 

 俺の発言に鷲尾さんが睨みを飛ばしてくる。

 

『あ、そう言うのは興味ないので。欲しいのはママって呼んでくれる子供だけなので』

「奈月くん。大丈夫かな? この人、そのうち子供攫いそうだぞ」

 

 鷲尾さんもなんだかんだ失礼じゃないかな。

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