第16話 条約批准

 

「俺たち、Vtuberなれるみたいですね」

 

 俺は鷲尾さんとオーディション合格祝いという事でステーキ店に来ていた。

 

「………はは。何かあんまり実感湧かないけどね」

 

 夢現、という奴かもしれない。

 何か、ふとした事で目が覚めそうだ。

 

「また呼び出されて実は嘘だってなったり」

 

 そんなドッキリの可能性も。

 ただ鷲尾さんは即座に俺の考えを否定した。

 

「奈月くん。大人はそんなに暇じゃないよ」

 

 俺は鷲尾さんの方を見る。

 

「今、僕の事を暇人だと思ったかな?」

「……イヤイヤ、ソンナコトナイデスヨ」

 

 俺はサッと目を逸らす。

 

「僕も一個言うけどね……奈月くん、そろそろ夏休みも終わりだと思うんだけど」

「…………」

 

 鷲尾さんは俺を半目で見てくる。

 

「やめましょうよ、こんな事。お互いに傷を抉るだけですし」

「先に始めたのそっちだと思うんだよ」

 

 鷲尾さんがため息を吐き出して、目を伏せた。追求はないんだろう。

 

「……一応、俺が学生なのは本当ですよ」

「そこまでは疑ってない」

「夏休みなのも本当です」

「そう。僕はこれ以上踏み込まないよ」

「そうですか」

 

 鷲尾さんは追求はしないけど、話したいなら話せばいいみたいな感覚なんだろう。

 

「鷲尾さん」

「ん?」

「鷲尾さんは元教師だって言ってたじゃないですか」

「そうだね」

 

 鷲尾さんに俺は一つの疑問をぶつける。

 

「もしかして、今って無職でした?」

 

 鷲尾さんが「ちょっと待て!」と声を荒げた。俺は突然の事に思わずのけぞってしまう。

 

「おかしくない!? 話の流れ的に本当に教師だったの疑う感じの流れじゃないかな!」

「そこまでは疑ってないです」

 

 俺の返しに鷲尾さんはエクボができるレベルの作り笑いを浮かべた。見ればわかる。完全に作り笑い。

 頰がヒクついてる。

 

「……いやいや、教師だったのは本当だよ。でも、だからって無職って決まるわけじゃ……」

「俺もこれ以上は踏み込みません」

「奈月くん? 良いかい? 君のそれは完全に煽りにしか聞こえないの。例え、相手が無職であっても軽々しく『お前、無職?』って聞いちゃいけないの。人間として」

「無職なんですか?」


 鷲尾さんは食い気味に。


「いや、仮にの話だよ。仮に、の」

 

 そんなやりとりをしていると俺たちのテーブルにステーキが運ばれてくる。お熱いのでお気をつけくださいという注意とともに。

 

「……はあ。僕はVtuberになったし、君もVtuberになった。それ以上のことはお互い、過干渉しないようにしよう」

 

 そんな条約。

 

「そうですね。友達で傷つけ合うなんて馬鹿らしいですもんね」

 

 俺は批准した。

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