第13話 常識人鷲尾
後日、姉ちゃんに言われた事を鷲尾さんに伝えたると、修正された動画が送られてきた。姉ちゃんと一緒に確認すると『前のよりもずっと良い』との事。
鷲尾さんはこの動画を事務所に出す事に決めたようで、俺も事務所まで来るようにとの事。ついでにキムチも持ってきた。
「あ、鷲尾さん」
「奈月くん……って、普通キムチ持ってくる?」
「タイミング的に今しかない気がしまして」
鷲尾さんは「後でまた会う約束でもすれば良かったのに」と言う。
「今回のオーディションに受かったら、ですよね」
そのパターンは。
受からなかったらもう会う事はないのかもしれない。だから、絶対に会えるこのタイミングで。
「いや、僕らメッセージ送り合えるよね?」
「…………」
メッセージは家族以外と基本してないから。関わりのあった人とも顔を合わせなくてしばらくするとメッセージのやり取りすらしなくなったから。
「良いじゃないですか、別に」
「……微妙にキムチの匂い漏れてるから。その匂いさせたまま、動画提出しに行くの?」
「仕方ないですよ」
持ってきちゃったし。
「と言うか、動画ってメールとかじゃダメなんですかね」
「USBとかDVDの方が個人的に安心なんだよね。手渡しした方が、確実に渡し損ねとかないからさ」
それに。
鷲尾さんが俺と目を合わせる。
「奈月くんとも会っておきたいし」
「……俺ってばモテモテですね」
俺が冗談っぽく言えば「折角一緒に動画撮ったんだしさ」と鷲尾さんは笑う。
「動画、どうだった」
「姉ちゃんは明るくなって良いって言ってましたよ」
「良かった。中々参考になる意見だったから」
「……あの、側から見て俺のお使いってそんなに悲惨でした?」
俺の確認に鷲尾さんは「あー……うん。確かに」と苦笑いする。
「心苦しさが強かったからね」
鷲尾さんも分かってるみたいだし、姉ちゃんも分かってるのか。俺は俺の事すぎて、やっぱりどうにもそこまでとは思えない。
「ほら、取り敢えず行こっか。後はもう当たって砕けろだ」
鷲尾さんの後ろに付いて、俺もビルの中に入っていく。
エレベーターに乗って、事務所のある階に着くと。
「すみません、Vtuberオーディションの動画を提出に来たんですけど」
と、鷲尾さんがカウンタースタッフに話してる間、俺は適当に壁とかを見る事にした。
綺麗な壁だな、とか。
窓の景色綺麗、とか。
鳥が飛んでる、とか。
暇かも、とか。
そう思ってると後ろから声が掛けられる。
「深谷くん」
「ひゃ、ひゃい!」
あまりにも不意に。
変な声が出てしまった。俺は慌てて振り返ると立ってたのは鷲尾さん……ではなく、斧田さんだ。
「あ、斧田さん」
「あはは、そう。ここに来たって事は動画の提出かな」
その少し後ろに鷲尾さんも居る。
「あ、はい……鷲尾さんと一緒に」
「鷲尾くんね。まあ、カウンターに君達が来てると聞いたから来たわけだ」
俺を見てから、直ぐ後ろにいる鷲尾さんにも目を向ける。
「あと……これはキムチの匂いかな」
斧田さんの発言に鷲尾さんが『やべっ』と言った感じの顔をする。
「あ、僕のこれですね……」
俺が袋を掲げると。
「私も焼肉とか好きで、キムチも結構好きだからさ。良ければ貰っても良いかな?」
「……お金って貰えますか?」
俺の発言に鷲尾さんは百面相してる。なんか変な事を言った覚えはないけど。
「一個何円?」
「確か百五十円くらいになったはずです」
動画は何回か見てるから、一応それくらいだったと覚えてる。
「分かった買おう」
そう言ってスマホを取り出す。
「電子決済してる?」
「あ、僕は導入してないです」
「困ったな、百五十円あるかな」
なんて言いながら財布を取り出して「お、あったあった」と俺に百五十円を渡す。俺もキムチの袋を一つ、斧田さんに差し出す。
このやりとりの間、完全に鷲尾さんの機能が止まってしまった。
「さっき私が『やっぱ良いです』って言ったら、どうした?」
袋を右手に取りながら斧田さんが聞いてくる。俺は最初「ええ……」と少しわざとらしく困惑する顔を見せてから、考える。
「そうですね……一回鷲尾さんに売ります」
「深谷くん、君は中々頭が回るみたいだ」
俺が考えてる事を理解したのか、感心した様に斧田さんが笑った。
「本題の動画だけど」
フリーズしてた鷲尾さんが再起動する。
「お……あ、お、斧田さん。こちらです」
鷲尾さんはUSBを斧田さんに渡した。
「確認するよ。暫くしたら結果が出る。楽しみにしている」
斧田さんは微笑みを浮かべて、俺たちに背中を向けて去っていった。
「……まあ、なるようにしかならないか」
そんな鷲尾さんの呟きが聞こえた。
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