第10話 ノーを言えない典型例
俺は歩きながらスマホを立ち上げて、カメラのアプリを開く。
「…………」
どう始めようか。
何か挨拶とかしたほうがいいのか。でも、特に挨拶なんて考えてないし。取り敢えず、ホットケを買うまでを撮ってればいいんだから。
「ほ、ホットケ……? 買いに行きます」
それだけで目的は伝わるはず。
挨拶は今後考えよう、必要になれば。
「ホットケ……てのは何か分かりませんし、鷲尾さんにはスマホで調べるのを禁止されてるので聞き込みしながら探していきます」
ここら辺は韓国料理店が多いというのはその通りで、立ち並ぶ出店も韓国系列の物となってるらしい。
あの特徴的な文字は韓国語だと思う。読めないけど、ネットとかで見た覚えがある。韓国人ならホットケの事を知ってるだろう。
「すみませーん」
出店に立ってるおばさんに声をかける。
「はい? 何デしょう?」
「あ、その……ホットケ、という料理を知ってますか?」
「ホットケ……ホットクじゃないノ?」
あれ、そうだったか。
「じゃあ、多分ホットクだと思います」
この人はホットケ……もといホットクを知ってる。じゃなきゃ、こんな発言は出てこないだろう。幸先いいぞ。
まあ十七歳なんだから、初めてのお使いで手間取るわけがなかろう。
鷲尾さんも俺を舐めすぎだ。
「その、ホットクというのは何でしょうか?」
「カンシクだよ。甘い、外固い。中モチっとしてる」
「…………?」
甘い食べ物。
カンシクって何だろう。よく分かんない。
まあ取り敢えず、ついでにもう一個質問しておこう。
「あの、それでホットクって売ってますか?」
「ウチはやってない。向こうに行けばある」
おばさんの指差した方向にはまた幾つか屋台が見える。
「あ、ありがとうございます」
俺は礼を言って、一つ思い出して「あの」と声を発した。ただ、おばさんも何か言いたい様子で。
「ん」
先を譲られてしまった。
「動画、撮ってるんですけど……大丈夫でしょうか」
「だいじょぶだよ」
許可はもらえた。
「あ……ど、どうぞ?」
思い出して、俺もおばさんに促す。
「おにさん。キンチ買ってけ。一袋二百円」
「あ、その……俺はホットクを」
「ん? 要らない?」
ホットクが買えれば良いのだから、他のなんて買う必要はないのに。
「ホットクあっち。ウチはキンチ売ってる。要らない?」
畳み掛けるように。
「いつもは三百円。ほら、持ってって」
袋を握らされる。
「え、あ……こ、これ」
返そうとしても笑顔で受け取ろうとしない。
「四百円」
「は? え、に、二百円じゃ」
「二袋だから。じゃあ特別に三百円」
袋を受け取る意思はない。
俺は渋々四百円を払えば「毎度〜」と笑顔で見送られる。
「うぅ……ちゃんとホットク買って帰ります」
俺はおばさんに教えられた別の屋台が集まってる場所に向かう。
「六百円」
「八百円」
「四百円」
「五百円」
中々ホットクの売ってる店に辿り着けず、気がつけば、俺は大量にキムチやらトッポギやらを買わされてしまっていた。
「ホットク? あるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ほら」
俺は差し出されたホットクを受け取る。ホットクの分の料金を支払っても、俺は安心できてなかった。
「ほ、他に何か買わせるとか……」
「いや、しないですよ。そんな事。お客さんが欲しいものだけしか売らないです、ウチは」
せ、聖人に見えるぞ、この人が。
「す、すみません。撮影してたんですけど……大丈夫でしょうか?」
「事後承諾? ……まあ、構わないよ」
「ありがとうございます!」
アップロードする事はないだろうけど。
「失礼しましたっ」
取り敢えず戻ろう。
「お、重い……あ、そだ。えと、これで止めて、と」
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