第9話 コック鷲尾朔

 

「奈月くん。君はこう思っただろう。この粉、何に使うんだろう……って」

 

 鷲尾さんは正解を知っている。

 それでさっきまでの俺の醜態を見てほくそ笑んでいやがったのだ。何て性格の悪い元教師だ。

 

「それも僕がちゃんと教えてあげよう。まず君の第一の失敗は玉ねぎを炒めなかった事」

「な……!?」

 

 最終的に焼くのに、その前に玉ねぎを炒めるだって。何のために。

 

「これが味を左右する、かも」

 

 で、でも、最後はちゃんと玉ねぎに火は通るはず。これによる味の差はそんなに出るわけない。

 

「ある程度火が通ったら、火を止めて。冷めるまで待ってまーす」

 

 挽肉をボウルに入れた鷲尾さんが説明する。

 

「それと、あの卵はトッピングの目玉焼き用じゃないからね?」

「え?」

 

 違うの?

 

 そんな。それじゃあの卵は何に使うって言うのか。俺の知ってるハンバーグに卵の痕跡なんてないぞ。

 

「熱が取れたら玉ねぎと挽肉を捏ねていきます」

「……ここまでは俺も同じですよ。玉ねぎを炒める以外」

 

 俺の言葉に「ここで卵と、この粉の出番」と答えが返ってくる。

 

「奈月くん、君の第二の失敗は卵とこの粉、パン粉を肉ダネの中に入れなかった事」

「そ、そんなの気がつくわけないじゃないですか!」

 

 俺が知ってるハンバーグには粉っぽさも、卵みたいな味もなかったのに。

 

「君のハンバーグ……見るも無惨な“挽肉と玉ねぎの炒め物、目玉焼きを添えて”がボロボロ崩れたのはつなぎの役割を持ってる卵とパン粉が入ってなかったからだね」

「は、ハンバーグとすら認められてない!」

 

 そんな横暴な。

 

「それと塩胡椒は捏ねる段階で入れる事」

「あ、味見できないじゃないですか!」

「それを僕に言われてもね。そう言うものだから」

 

 混ぜ合わせた肉ダネをまたしばらく休ませる。

 

「じ、時間押してますよー」

「編集するから問題ナシ」

「ひ、人によって調理時間が違うのは不公平かと」

「奈月くんが勝手に短くしただけだし、僕は別に時間制限つけてないからね?」

「ぬぁああああ!!!」

 

 俺の言葉に鷲尾さんは悉く反論してくる。そして俺はその正しさに言い返せない。

 

「────じゃあ、焼いてくけど」

 

 楕円型を作り終えた鷲尾さんはフライパン二、三個を乗せて焼き始める。しばらくして裏返し。楕円は崩れない。

 

「お、俺のよりも綺麗ですね」

「そりゃあね」

 

 完成品を見れば明らか。

 俺の作ったのは確かにハンバーグとは言えない残骸。唯一無事なのは目玉焼き。

 

「じゃあ、実食といこうか」

 

 俺は鷲尾さんのハンバーグを口に運ぶ。

 見た目も、食感も味も。これは俺の知ってる。

 

「……ハンバーグだ」

 

 そして鷲尾さんが俺のを一口。

 

「……食べれるけどね、食べれるし全然不味くはないよ。でも、これ」

 

 ハンバーグではないよね、と呟く。

 

「失礼ですね。多分七割くらいはハンバーグですよ」

 

 材料はハンバーグなのだから。


「……せめて六割じゃない?」


 鷲尾さんの指摘を無視して、鷲尾さんのハンバーグを食べ進める。これが中々美味い。

 

「────という事で、お料理の方はここまで。続いては奈月くんの初めてのお使いをご覧ください」


 どうぞ、と鷲尾さんは料理コーナーを終わらせた。

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