第6話 最終選考について

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。ここに居る皆さんは書類選考を通過し、面接においても相応しいと評価された面々です」

 

 面接が行われたビルの一室に俺と他のオーディション応募者は集められた。年齢層はバラバラ。と言っても、俺よりも圧倒的に年下と言った感じの人は見当たらない。

 

「最終選考について説明しましょう」

 

 マイクを持って話すのは先日の面接の時に世話になった男の人。名前は斧田おのだ海都かいと、俺が受けたVtuberオーディション主催企業の社長であるとの事。

 

「最終選考は皆さんの能力を見せていただきたい。自分には何ができるのかでも、何ができないのか、でも。タレント業、エンターテイメント職に従事し、笑顔を届けると言うのであれば」

 

 得意不得意はどちらも有用である、と斧田さんが口にした。

 

「得意であるならそれは魅せる為に、不得意であるのなら応援したいと思わせる為に。または笑いを生み出す為に」

 

 ありとあらゆる物を利用して、出来る出来ないも武器にして。

 

「これから、ここに居る君たちに動画を撮ってきて貰う。どんな物でも構わない。誰かとグループを作っても良いし、一人だけで進めても構わない。期間は二週間」

 

 本当に企画力や能力を見る為の最終選考。俺はこの周りにいる人と戦える何かを持っているのか。斧田さんという人間のお眼鏡にかなうのか。

 正直自信ない。

 

「もう最終選考はスタートしてる」

 

 斧田さんの言葉で多くの人が立ち上がってビルから我先にと出ていく。俺は気後れして、その様子を眺めていた。

 

「動かなくて良いのかい?」

「え……あ、斧田さん」

「君だけ特別になんて事はない。他の人も当然に。早く動いても、遅く動いても。納得させられる動画さえ用意すれば良い」

「はい」

 

 特別なんかじゃないとは知ってるし、この人に気に入られてるとも思うほど自惚れてない。偶々、面接は通っただけのヒキニート。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

 斧田さんも部屋を出ていく。

 部屋に残ってるのは俺だけ……。

 

「ねえ、ちょいちょい」

 

 と言う訳でもないらしい。

 

「あ、はい?」

 

 声のした方に顔を向ける。

 立ってたのは茶髪スーツ姿。糸目で、俺よりも明らかに身長がでかい年上の男の人。

 

「僕と組まない?」

「……俺が、ですか?」

「そ。君、学生じゃない? 中学生くらいとか?」

「……いや、高校生ですけど」

 

 一応。

 あれ、初対面に言って良いのか。いやでも、もう言ってしまった手前戻せない。

 

「あれ、そうだったの。ごめんね。取り敢えず自己紹介。僕、鷲尾わしおさく。こんなナリだけど元教師だよ」

 

 教師。

 ちょっと、俺はビクッとしてしまった。いや、内心の話。

 

「…………」

 

 名前を名乗るべきか。

 

「警戒心強くない?」

「し、知らない人についていくなって言われてるので」

「子供か。いや、子供だけども」

「ね、姉ちゃんには東京は怖い人がいっぱい居るって」

「子供か……いや、うん。子供だね」

 

 両腕を組んで考えるような顔をして鷲尾さんは溜息混じりに「なんて呼べば良いのよ」と漏らした。

 

「……君、とか。ねえ、とか……ですかね」

「すっごい距離遠いね! 本名嫌なら、ほらニックネームでも良いからさ。なんか無いかな?」

「ニック、ネーム……?」

 

 なっちゃん、とか。

 いや、でもニックネームと言っても俺は気に入ってる訳でもないし。

 

「……奈月です」

 

 特に思い浮かばないから、仕方なく本名を名乗る。

 

「じゃあ奈月くん。こう……何か良いネタとかある? こう言うのやりたいとか。僕は教師らしい感じで勉強教えたりとか出来ればって感じなんだけど」

 

 それが鷲尾さんの武器らしい。

 

「鷲尾さんの武器は前職ですか」

「……まあ、使える物って事になるかな。一応、簡単な曲ならピアノもできるよ」

「そうですか。因みに僕には得意な事は特にないです」

 

 組む相手を間違えたのではなかろうか、鷲尾さん。

 

「そうなの」


 俺の発言に特にガッカリした様子もなく、すんなりと受け入れたのか。考えるように顎先をさする。


「ネタについて考えるにもお昼にしよっか。親睦を深める意味も兼ねて。韓国料理とかどう?」

「韓国……なるほど、焼肉ですか?」

「韓国料理で焼肉が出てくるって……だったら焼肉って言うよ、最初から」

 

 鷲尾さんは困ったように笑う。

 

「美味しいサムギョプサルの店があるんだよ、この辺り」

「サムギョプサル……それは韓国料理ですか?」

「英語の教科書翻訳みたいな言い方するね、奈月くん」

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