第3話 変わりたいから
「深谷奈月です、よろしくお願いします」
現在進行形で面接中。
緊張がある中で、多分落ちるだろうなと言う諦観も混ざっている。どう言うわけか客観視できる程度には緊張は紛れてしまってる。
「どうぞ、座って」
「はい」
面接、と言うけれど。
面接官の男の人は話し方がフランクで、圧力も感じない。
「もしかして。いやもしかしなくても、だけど緊張してる?」
「……はい」
「書類には目を通してるよ。色々大変だね」
その話を掘り下げないのは、多分そこが重要だからではないんだろう。
「……変わりたい?」
「……はい」
「その為に今まで何かやってきた?」
「その為に、ここに応募しました」
ペンを握ったまま難しい顔をする。俺の答えはこの人にとってどうだったか。
「何かが変わったって感覚は?」
「……外に出ました。面接を受けに来れました」
「なるほどね。これが君にとってのチャレンジって訳だ」
真っ直ぐに見つめられる。
「もしもの話だけど。スカイダイビングしてって言われて、エンターテイメントの為だからって君はすぐに納得して飛べるかな?」
「…………分からないです」
「そういうものだよね」
フ、と面接官さんは微笑んだ。
「……別にスカイダイビングじゃなくたって良い。歌でも、ダンスでも。必要なのは飛び込む意志。君はその一部に、昨日か今日触れた」
そういうのは大事だよ。
彼の言葉に俺は頷きを返す。ただ、特に意味は分かってない。
「歌とかダンス。苦手な事でも、やってみようとか上手くなりたいとか……そういう気持ちはある?」
「変わる為なら、やります」
俺はあの言葉に惹きつけられたんだ。
歌とか、ダンスに得意意識はない。ダンスなんて寧ろ苦手意識の方が濃いくらい。でも、変わる為に必要なら。
「そうか」
面接官が首を縦に小さく振った。
それから少しの間を置いて、話し出す。
「……アイドルをやっていたから、とか。自分には実績があるから、とか。確かにそう言うのは大事かもしれない。経験は積み重なるからね」
でも、と逆説が挟まれる。
「それはチャレンジじゃない。アイドルだったから人前に立てる。実績があるから自信がある。それじゃ越えられるであろうハードルを設定してるだけになる」
俺が東京まで来るのはハードルが高かったのか。一応俺でも家からは出れる。ただ、こんなに遠くまで来たことなんてない。
「君のは小さいとはいえ、ちょっと前の自分を越えたと私は評価するよ」
「あ、ありがとうございます」
俺がお辞儀をすると「まあ、だからと言って直ぐにタレントになるのを約束できる訳じゃない」と口にした。
顔を上げれば、続きが話される。
「私は他の応募者も面接して適当な人数を通す。でも、それだけでVtuberにするなんてのは出来ない」
そんな甘い話はなかったのか。
いや、知ってたよ。そんな簡単に事務所所属のタレントになれたら誰も苦労しない。
うん。
「チャレンジ精神は重要だ。でも、エンターテイナーなら当然企画力も必要になる。君の不足でも、君の長所でも何でも使って良い」
今日はお疲れ様、と労いの言葉をかけられて面接は終了する。
「────終わった……?」
面接が行われたビルの外。
結果は後で送られるらしい。面接が終わって通っていれば、次も何かがあるような言い方だった。
俺は特に選考の段階を確認してなかったから、知らないだけ。
「通った……のかな?」
手応えがなさすぎる。
どの道、後から分かること。とりあえず姉ちゃんの部屋に帰ろう。
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