第3話 この感情の名前は
今日は会議で練習に参加できないとの連絡が顧問から入り、部室の中は一気にお気楽モードに突入した。
特別厳しいという訳ではないが、見張りがいるのといないのとでは訳がちがう。
涼翔達1年生はまだ弓を打つ前、型を覚えるためのゴム弓の練習をしているが入部して1ヶ月少々で2人の習得の差はでてきていた。
比べる訳では無いが、純の方が器用で教えた事を吸収するのが早い。
拓也や先輩達が純の事を褒める機会が多いのは確かだった。
今日は純に付き添って、射形やフォーム、動作の形づくりの指導を行なっていた。
そこまで指導する点もなく、
『流石、純は飲み込みが早いな』と褒めた時だった。
バンッ
音の方を振り向くと、壁際に落ちているゴム弓が目に入る。
練習場のドアが開く音が聞こえ視点を変えると涼翔が練習場を出ていくところだった。
ダーツの時みたいなスイッチはいったか、
思わずため息をつくも、道具を投げた涼翔に部長が流石にお怒りだ。
俺に任せてくださいと怒る部長の左肩をポンポン叩いて、まあまあ落ち着いてとの意味を込めて笑顔を見せた。
追いかけて練習場の外に出るが姿は見えない。
この間のデジャブだと呑気に思いながら近くを探していると、陸上部の同級生から
『今泣きながら誰か出てきたけど』と言われて向かった先を聞いて走り出す。
涼翔の情緒の不安定さを考えると、心がなぜか締め付けられる、俺がなんとかしてあげたいと思ってしまう。
でも先輩として、涼翔だけ贔屓目に面倒を見るのも違う気がする。
頭の中に流れてくる色々な言葉を振り切って今は考えるのはよそうと涼翔を探す。
体育館裏の使われていない裏口の階段で涼翔は体育座りをして膝に頭を埋めていた。
デジャブパート2と思わず笑いそうになるが、静かに近づいて隣に腰掛ける。
隣に座ると静かに泣いているのが聞こえるも
かける言葉がまだ思い浮かばず背中をさする。
『涼翔もちゃんと上手になってきてるよ。俺だってゴム弓苦労したしな。純は俺よりも飲み込み早いからセンスがあるだけで比べてもしょうがな・』
しょうがないと、言い終える前に俊敏に涼翔がこちらを見もせずに走り出して校舎の外に出ていってしまった。
地雷踏んじまったと頭を掻いたが、涼翔にとって何が地雷なのかわからなすぎる。
校舎内ならまだしも、校外に出てしまった為一度練習場に走って戻った。
いつもの穏やかな部長に戻っていたので、外に出てしまった事は言わなかった。
明日涼翔にちゃんと謝らせます。
今日は体調も悪そうなんで帰らせて落ち着かせます。
心配なので付き添って帰ると言い、涼翔の荷物ももって練習場を後にした。
スマホも置きっぱなしの涼翔をどうやって探そうかと考えたが、家までの道を自転車で辿ることにした。
涼翔のリュックには家の鍵と思われる鍵も付いているので家にも入れない、癇癪を起こした子供みたいに何も考えずに出ていってしまったようだ。
いつものコンビニを曲がって、涼翔の家まで向かう。
この前遊んだ時に、家まで送ったのでそれを記憶に進んだ。
途中、涼翔がいないか目を配らせながら進んでいるとアパートにたどり着いてしまった。
自転車を止めて、アパートの3階まで階段で登ってみる。ここにいなかったらどうしようかと考えながら3階まで登ると階段の最上段でさっきと同じ体制でうずくまっていた。
また隣に座ってみると、涼翔が3段程体勢をほとんど変えないまま下がった。
こっちを振り向くも泣き止んではいない。
そのまま、俺の腰あたりに両手を回し、しがみついてきた。腹あたりに顔を埋めて泣いている。
母親に泣きつく子供のように。
流れるまま、涼翔の髪を撫でた。
練習で汗をかいているはずなのに、シャンプーのいい匂いがする。
背中をさすった。
小学生の時、学校で飼っていたウサギを撫でた時みたいな気持ちが溢れた。
面倒を見てあげないと、死んでしまうような
か弱くて、守りたくなってしまう。
少し落ち着いて、顔を上げた涼翔が涙声ながら話し始めた。
『・・ぜんぱいが純とばっか話すの見てるとなんか嫌な気持ちになる。グスッ 先輩、全然褒めてくれないし、純の事ばかり褒めるし・・ 』
言い終えると、また泣き出してしまった。
大粒の涙を流す涼翔の顔を見ると、胸が苦しくなる。
人が泣いている姿を見たところで、胸がこんなに苦しくなるのは今までになかった。
泣き止んで落ち着くと、置いて行かれた荷物を涼翔に返す。
『鍵、なくて入れませんでした』
少しは考えてから行動しろと頭をこづいて、涼翔が鍵を開ける。
せっかくだから何か飲んで行ってくださいと言われ、探し回って喉がかれていたので甘えることにした。
涼翔の部屋に入ると、想像していたよりも整理されていた。
6畳くらいの広さで、ベット、本棚、小さなテレビが置かれていて、布団も綺麗に敷かれている。
ベットに腰掛けていると、涼翔が麦茶を2つ持ってきてくれた。
『部屋思ったよりきれいだな。』
散らかってると思ってたんですかと言いながら笑みを見せる。
『明日、部長達にちゃんと謝れよ。俺も一緒に謝るから』と言うと、申し訳なさそうに、『はい』と返事をして隣に座ってきた。
『今日もごめんなさい、この前みたいに迷惑かけちゃって』
気にするなと、涼翔の髪をくしゃっと掻き乱して、また気分が暗くならないようにテレビを勝手につけた。
『部屋にテレビあるの羨ましいー』
『先輩の部屋ないんですか?』
『ないない、そんなお金持ちじゃないから』
と笑って見せた。
2人並んでテレビを見ていると、涼翔はまた眠くなってきたのか、肩にもたれかかってきた。
肩をそのままにしてテレビを見ていると、俺の瞼も少しずつ重くなってきた。
気がつくと涼翔の膝の上で寝ていたようだ。
『よく眠れましたか?』
『ん・・ごめん、重くなかった?』
体を伸ばして、スマホの時計を見る。40分ほど眠ってしまっていたらしい。
僕も眠かったけど、先輩先に寝ちゃってましたよと言われてごめんと謝る。
涼翔といると、安心感なのか、眠くなってしまう気がする。
帰りが遅くなる前に、涼翔の家を後にして、また明日と、別れた。
翌日、部長にすみませんでしたと涼翔が誤りまたいつもの練習に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます