第5話

「弟が殺されただと……!?」

 暗がりの中、男の手からグラスが落ちる。甲高い音を鳴らし酒と共に弾ける。

「ええ、首の骨を折られていて……」

「誰がやった!?」

 

「それが……いまだに不明でして、弟さんの死に関係してる人は分かるのですが」

「それは誰だ?」

「イゴールから来たらしい、男性2人組です」

「そいつらをここに連れて来い」

「わかりました、それでは……」

 

 影のような男が音も立てずにそこから消える。今は真夜中、ボンノルドとジョニアは眠っているだろう。

「ああ、弟よ、一緒に夜の街を支配するという夢、全部は叶わなかった……」

 と、人並みの悲しみを、多大な犠牲のもとに感じているその男は、また酒を飲み始めた。

 

 その暗がりの部屋の中では、しばらくの間男の啜り泣きが聞こえていた。

 

「ねえ、ボンノルドさん」

「なんだい?」

 俺たちは宿屋近くの喫茶店で一服していた。

 

「ボンノルドさんがやってくれたんだろう?」

 

「……なにを?」

「いや、言わなくてもいいよ、それだけの理由があるんだろう?」

「いや……ありがとう」

 どうやらジョニアにはバレていたようだ。まぁ隠し通すにも難しかったからな。

「ボンノルドさんはどうするんだい?これから、イゴールへ戻るのかい?」

「いや、旧友に会いに行こうと思ってね」

「旧友?どこに住んでいるんだい?」

 

「今、暗黒大陸にいるらしい」

「暗黒大陸……!!?」

 

「ボンノルドさんは暗黒大陸でも生存できるほど、強かったのか……」

「まぁね、旧友が暗黒大陸に行って、行方不明らしいんだ、だから助けに行こうと思って」

「なるほど……」

 

「僕も、ついていく」

 

「何?」

「僕もついていくよ、ボンノルドさん」

「いや、しかし……」

「いやでもしかしでもない。一人旅は寂しいだろう?これは恩返しだ、イゴールの街の」

「でもそんな……」

「でもそんなでもない、ついていくと決めたんだ」

「そりゃ俺はいいけども……」

 

「ついていく、いいね?」

「道は険しいぞ?」

「わかってる、昨日良く決めたんだ、ずっとついて行きたいって」

「そうか……」

 

「一旦イゴールへ戻るか?」

「いいよ、後ろ髪引かれそうだ。それに憲兵もやめようと思ってる。まさか断られると思わなかった。僕はあんなしょっぴり腰の組織にいたんだなって思ったら、冷めてしまったんだ」

「そうか……気持ちはわかるよ」

「いつ出る?」

「少し荷物を補給してから行こうと思う。明日かな」

「わかった、今日は携帯食料とか買いに行こう」

「あと暗黒大陸に行った旧友たちのことを知ってそうな人に会いにいく」

「それは?」

 

「この国の宰相さ」

 

 汗が出る、一日中王の教師をしている。私はアント王国の宰相、デクルだ。

 この若き王は、まだ五歳でしかない。王は暗黒大陸へ冒険に行ってから一年も音信不通、巷では死んだと噂されている。だからこそ、それが本当の場合、この五歳の子供が王になってしまう。いや、実質王として扱っている。巷では裏社会が力を持ち始めている。どうすればいい。戦力だった人たちは全員王と暗黒大陸に行ったから、精々中級冒険者程度の兵士しかいない。手駒がいなくてなぜ手元にある程度残しておかなかったのか悔やむ。

「王子、そろそろ休憩しましょう」

「うん、わかった。お菓子食べていい?」

「いいですよ、半刻ほど休憩したら、次は計算の授業です」

「わかった……」

 王子は王が帰って来なく、ほとんど塞ぎ込んでいる。目は死んでいて、寂しいのか目を真っ赤にして起きることもある。

「王子、きっと王は生きてますから、元気を出して、あの伝説の暗殺者をも倒したといわれる憲兵のアニー、龍を百体も倒した冒険者ルード、不老不死の魔法使いシュール、全員が王を守ってくれるはずです。それに王もまた強い!いつか帰ってきますとも」

「それはいつ?」

「それは……」

 私は唾を飲み込んだ。

「きっとすぐですよ」

 

「デクル」

「誰だっ!?」

「俺だよ」

「ボ、ボンノルド!?お前この国に来てたのか!?」

「久しぶりだな」

 

 俺はスニーキングをして、王子の部屋に侵入していた。ジョニアは宿屋で待機している。

「王は暗黒大陸へ?」

「ああ……あの三人がついてるから無事だと思うのだが」

「あいつらは人外だからな、暗黒大陸でも遅れは取らないだろうが、例外がある。初見殺しが多いからな、事故死の可能性はある」

「……そうか、それでお前は何しに来たんだ?」

「決まってる、暗黒大陸に俺もいく」

「王を探しに?」

「ああ、地理はなんとなくわかるからな、それで、なんのために暗黒大陸へ行ったんだ?王たちは」

「王妃が病気なのだ」

「何……?症状は?」

「身体中に黒いアザができて、起き上がることもできない、吐血して目が覚める、こんな病気、どの文献を見てもない」

「黒斑病か……!」

「なんだそれは?」

「確かに暗黒大陸に生える白い花がそれの特効薬だ」

 デクルは助けを求めるかのように俺の方を見てくる。

「まさか虱潰しに暗黒大陸で探しているのか?それは時間がかかるな」

「お前だったらどれぐらい時間がかかる?」

「一年はかからないな、往復で二ヶ月といったとこか、道中は全力疾走するが」

「そんなものなのか……」

 

「とりあえず王を探してくる」

「頼んだ、ボンノルド」

「ああ、それに、王国の害虫も潰していく」

「報告上がってきたが、あれはお前だったのか、あのクズの兄はお冠だぞ、闇ギルドと契約しているから、暗殺の危険性がある」

「俺があんな奴らの遅れをとると思うか?」

「相変わらず強気だな、そういうところが昔から気に食わなかったが、今回は恩にきる、お願いできるか?」

「ああ」

 

 俺は王子の頭をなぜる。

「王子、お前のお父さんもお母さんもなんとかなる。だから勉強して、安心して待ってな」

「ほんと!?」

「ああ、だって俺はあのお父さんよりも強いんだぜ?」

「どれくらい?」

「ふふ、それは秘密。だがきっとなんとかなる。それじゃあな」

 俺はデクルとアイコンタクトをとって、頷く。

「じゃあ、行ってくる」

 

「と、その前に、これ」

「なんだ?アコーダ・ギトフの新刊か?まだ読んでないが……」

「そうじゃない、しおりを見てくれ」

「これは……白い押し花?まさか!」

「これだけしかないから、効果は薄いが、とっておいたんだ。煎じて飲ませてあげてくれ、完治には行かないが、症状を遅らせることはできる」

「恩にきる……!!」

「それじゃあ本当に行ってくるよ」

 俺はスキルを発動させて、スニーキングを再開する。音も立てずに、宿屋へと向かう。

 道中で必要な買い物をして、宿屋に戻った俺は愕然とした。

「ジョニア?」

「あ、お客さん……」

 宿屋のマスターが出てくる。

「ジョニアは?」

「それが……黒い外套を着た人が、攫っていって」

「……」

 闇ギルドの奴らか、くそ、失態だ。何か守護できるアイテムを持たせておけばよかった。

 だがスキルでどこにいるか感知はできる。ここから歩いて20分くらいの、スラム街の中心か。

 ……元締めも、その近くにいるかもしれない。

「マスター、チェックアウトだ、荷物は持っておく、これ、迷惑かけたから、その分の金だ」

「大金貨一枚!?こんなにいいのかい?」

「金は余ってるんだ、それじゃ」

 おっと、あの置物も、ちゃんと持っていっておこう。

「じゃあ、お世話になった」

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