第25話 三人①
リリアンは、桃色の髪を揺らしながら待ち合わせ場所へと走っていた。
時計を確認すると、もうすぐ約束の時間になってしまいそうだった。
「やっばい、やばい……でも、転移魔法なんて使ったら、わたしがあのリリアンだって町の人にバレかねないし……」
額に滲んだ汗をぬぐいながら、彼女はそうひとりごちる。
「ちょっとのんびりしすぎちゃった〜……うう、ラストスパート、ラストスパートっ!」
リリアンはどうにか、走る速度をさらに速めた――――
*・*・
「お待たせえっ!」
待ち合わせ場所に辿り着いたリリアンは、先に待っていた二人へと勢いよく頭を下げる。
「全然待っていませんよ。お久しぶりですね、リリアン」
「時間にルーズなのは相変わらずだな。ま、俺もちょっと遅刻したけど」
顔を上げたリリアンの視界に、彼等の姿が映る。
結わかれた真っ白の髪と優しげな灰青色の瞳を持つ青年。
深緑色の髪と真紅の瞳の対比的な色合いが印象的な青年。
――――シグレとトロスが、立っていた。
トロスは頭の後ろで手を組むと、にっと笑う。
「というかお前、バッサリ髪切ったんだな! なんかビビった」
「あはは、そうなの! 思い切ってショートカットにしてみたんだ〜。そういうトロスくんも、昔と比べたら髪伸びたじゃん」
「ああ、言われてみればそうかもな。あんま意識してなかったけど……シグレはずっとその髪型だよな、そういや」
「これが一番落ち着くのですよ。トロスさんももっと伸ばしたらどうですか?」
「いやーそれはパス。バトルのとき邪魔になりそうだし」
「貴方は相変わらずですね……」
「ふふっ、本当にねえ」
三人は暫し会話に花を咲かせる。
そうしてリリアンが、「そろそろ行こっか! 美味しいお店、予約してあるんだよ〜」とにこやかに告げた。
「お、流石リリアン! お前のお墨付きなら間違いねえ」
「リリアンさんは食に精通していますからね……」
三人は、並んで歩き出す。
*・*・
彼等が訪れたのは、雰囲気のいいレストランだった。
焦げ茶色を基調とした店内は、橙色の灯りによって柔らかく照らされている。
まだ夕方だからか、人はまばらだった。
リリアンたちは四人掛けのテーブル席に通される。
手早く飲み物と食事の注文を終え、リリアンはにこにこしながら頬杖をついた。
「皆で集まるの、一年ぶりくらいかなあ? わたし、すっごく楽しみにしてたんだ〜」
「そうですね、それくらいになるかと思います。……そういえば、集まる場所、自分の希望を汲んでくださりありがとうございました」
「いや、全然それはいいけどよ。どうしてライミルイアなんだ?」
「実は、妹のマユキがどうしても自分に会いたいとのことで……マユキが今住んでいるのがこの町なのですよ」
「相変わらずお前んとこの妹は兄想いだな。俺の妹とは大違いだよ……」
「まあ、トロスくんのところの妹ちゃんみたいな子が多いと思うけどね? マユキちゃんみたいなタイプは珍しいよ、年齢も考えると尚更!」
リリアンの言葉に、シグレは「自分もそうだと思います」と微笑んだ。
「ところで二人はさ、この一年どんな風に過ごしてたの〜? 近況聞かせてよ、近況!」
「近況か? いやでも、俺は変わらずバトル三昧の毎日だな……ギルド通って討伐依頼眺めて、コイツ強そうだなって思った魔物と戦って倒して、金稼いでる。最高に血が滾る日々だよ……」
「うーん、相変わらずだねえ、トロスくんは。そんなに戦ってばかりで飽きない?」
「いやお前だって美味えもんどれだけ食っても飽きねえだろ? それと同じだよ」
「あああ、すっごいピンときた! なるほどねえ、確かになあ……」
リリアンは少しの間うんうんと頷いてから、「シグレくんは〜?」と話を振る。
「自分ですか? 最近はアリティネジ医院というところで働いていますよ。幼い頃から学んできた治癒魔法で、沢山の命を救えているということに、とてもやりがいを感じています」
「へえええ、流石シグレくん! シグレくんは治癒魔法の天才だもんねえ。わたしはどちらかというと攻撃魔法の方が得意だからさ、尊敬しちゃうよ〜」
「ふふ、ありがとうございます。でも、魔法に関しては、貴女の方がずっと才があると思いますよ」
「えっ、えええっ!? そんなことないよ〜!」
「ははっ、まあ魔法が超絶苦手な俺からしたら、どっちもレベチだけどな!」
笑いながら言ったトロスに、シグレは「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、リリアンは照れたように「ありがと〜」と微笑んだ。
「ところで、そう言うお前は最近何してるんだ? 教えてくれよ」
「ああ、最近? 最近はねえ、全国各地の美味しいものを巡る日々! もうねえ、すっごい幸せで、ほっぺたが幾つあっても全部落ちてっちゃいそうな日々だよう……」
両頬に手を当ててうっとりとするリリアンに、トロスは「なるほどな」と笑う。
「となると、今日も美味いもん食ってたのか?」
「ああ、今日はね、パンづくり教室に行ってきたの! ライミルイアのパンづくり教室って有名らしくてね、一度行ってみたいなあと思ってたんだあ……一緒に参加した人も面白い人たちばかりでさ……」
そこまで告げて、リリアンはほのかに目を見張った。
「……ばかりでさ、何だ? どうしたんだよ、急に固まって」
トロスの問い掛けに、リリアンは「……あのさ」と微笑んだ。
「二人にさ、質問、していい?」
「いやいいに決まってんだろ! というかそんなの確認せずにさっきまで質問してたじゃねえか」
「自分も大丈夫ですよ」
そんな二人の言葉に、リリアンは少し小さな声で「ありがと」と言う。
それから、少し寂しそうな微笑みを浮かべた。
「――――二人は、思い出したりする? ティアラちゃんの、こと」
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