第24話 リリアン

 そうして無事、パンづくり教室は幕を閉じ。

 私たちは、ライミルイアの町並みに戻ってきた。


「では、さらばだ、しょみんども! テレザ=シャダーリアさまのおかげで、さいこうのパンをたべられたこと、かんしゃするがいいっ!」

「バイバイっす。またテレザ様と会うことがあったら、生温かい目で見守ってやってくださいっす」


 そんな言葉を残して、テレザくんとあやとりメイドが去っていく。

 二人の後ろ姿を、私、リリアン、コハナさんは暫く見つめていた。


「中々すごい子だったねえ、テレザくん……」

「そうね、とっても面白い子だったわ……」

「マルハナも、そうおもう……」


 私がそう告げると、リリアンが「……そうだっ」と口にした。


「コハナさん! ちょっと、マルハナちゃんと二人で話したいことがあるんですが、少しだけお借りしてもよかったりしますか?」

「話したいこと? ええ、大丈夫よ」

「ありがとうございます! そうしたら……ちょっとだけこっちに来て、マルハナちゃんっ」


 そう言って、リリアンは私の手を取る。

 私は驚きながらも、取り敢えず彼女について行くことにした。


 *・*・


 少し歩いてから、リリアンはぱっと私から手を離す。


 不思議そうにしている私の顔を、リリアンはそっと覗き込んだ。

 薄紫色の綺麗な瞳に、私の姿が映り込む。


 彼女は暫くそうした後で、とても優しい表情を浮かべた。


「…………何でだろうな」


 リリアンの言葉に、私は首を傾げた。


「……なにが、ですか?」


 私の問いに、彼女はふふっと笑う。


「…………ちょっとした、私の昔話なんだけどね。すごく大事な、お友達がいたんだ……」


 すぐに、わかってしまった。

 その「お友達」が、誰のことを指しているのかを。


「マルハナちゃんを、見てるとね。何でか、その人のことを思い出すの。ふふっ、不思議だよね」


 リリアンは、切なげに微笑んだ。

 気付けば私は、一つの問いを口にしていた。


「……リリアンさんにとって、そのひとは、どんなひと、だったんですか?」


 リリアンは少しきょとんとした顔をしてから、柔らかく笑う。


「どんな人、かあ。改めて問われると難しいね……でも間違いなく、大好きな人だったよ。わたしに沢山笑顔をくれた人。強い人のようで、でも弱さもあって、それでいてやっぱり強かった。……尊敬してた。そういう、人」


 ほのかに目を伏せながら、彼女はそう話した。


「……あれ、マルハナちゃん? 何だか顔が赤いよ、どうかした?」

「あっ、い、いや、なんでもないです! マルハナは、とっても、へいじょううんてん!」

「そうなの? 平常運転だなんて、難しい言葉を知ってるんだね。ふふっ」


 笑顔のリリアンから、私は目を逸らす。

 口が勝手に、動いていた。


「……リリアンさんは、そのひとに、また、あいたいですか?」


 私の問い掛けに、リリアンは淡く目を見張った。

 それから、寂しそうに微笑んだ。


「会いたいよ。……でももう、会えないんだ」


 私は思わず、リリアンの左手を両手で握った。

 驚いた様子の彼女に向けて、「あのねっ……」と言う。


「……ん? どうかした?」


 でも――そこから先の言葉を、私は紡げなかった。



 わからなかった。

 リリアンの中の、ティアラを。

 マルハナが、書き換えてしまっていいのか。



 黙り込んでしまった私に、リリアンは不思議そうに首を傾げる。

 それから彼女は、そっと私の頭を撫でた。


「何か悩んでる? よしよし」

「……べつに、そんなことは」

「そうなの? でも、こうされてると落ち着かない? そのお友達もね、よくこうやって、わたしの頭を撫でてくれたんだよ」


 私は、きゅっと唇を噛んだ。

 ――――記憶が、溢れる。


 *・*・


「……こんなところにいたんですか、リリアン」


 夕暮れの町の中。

 噴水広場にある噴水の側で、両足に顔を埋めるようにして座っているリリアンの前に、私は立つ。


「トロスもシグレも心配してますよ。ほら、さっさと皆のところに戻りましょう?」

「…………戻れない」


 リリアンの声は、震えていた。

 私は彼女の隣に腰を下ろす。


「何で戻れないんですか?」

「だって……わたしのミスでトロスくん、さっきの戦闘で怪我しちゃった。すぐにシグレくんが治してくれたけど……結構深い傷だったみたいで、血も沢山出てた。申し訳ないよ……」

「あのですね、そんなことに気にしないでいいんですよ。例えばリリアンが、私とかトロスとかシグレが何かミスったせいで怪我をしたとして、恨めしいですか?」

「……それは、全然、そんなことないんだけど」

「ね? トロスも同じ、というかあいつはむしろ同じ状況のリリアンよりなーんにも気にしませんよ。そういう大雑把な奴なんですから」


 私の言葉に、リリアンが少しだけ顔を上げた。

 薄紫色の瞳は、潤んでいる。


「リリアンちゃん……いつもの、やって……」

「はいはい、いつものですね。いいですよ〜」


 私はそっと、彼女の頭を撫でる。

 桃色の髪は、ふうわりと柔らかな感触だった。

 リリアンは心地よさそうに、目を細める。


「気持ちが落ち着いたら、皆で美味いもんでも食べましょう? ここの町、ステーキが絶品らしいですよ」

「そっ、そうなの……!? ステーキ!?」

「うん。食い付きがすごいですね、相変わらず」

「……ステーキは、食べたい」

「同感です。さあ、ステーキが待ってるから、早く元気になりましょうね〜……」


 私の言葉に、リリアンがそっと微笑んだ。


 *・*・


「…………マルハナちゃん?」


 名前を呼ばれて、私ははっとなる。


「どう、落ち着いた?」


 リリアンの問いに、私は一瞬逡巡してから、頷いた。


「そう? それならよかった! ……それじゃあわたし、そろそろ行くね。待ち合わせしてるんだ……マルハナちゃんも、気を付けて帰ってね!」

「……うん。きをつけて、かえります」

「コハナさんにも、よろしくお伝えしておいて。それじゃあ、またねっ!」


 リリアンは大きく手を振って、だっと駆け出した。

 何度か振り返る彼女の背中が、段々と遠ざかっていく。

 私は小さく手を振りながら、リリアンが見えなくなるまで視線を逸らせずにいた。

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