第23話 パンづくり教室③

「さあさあ、それでは皆さん、パンを食べるお時間ですー! お腹がぺこぺこの方は、四つ全部食べてしまってもぜーんぜん問題ありません! そんなに食べられないよという方もご安心ください、残ったパンはお持ち帰りもできますよ! それでは……いただきまーす!」


 笑顔の先生の言葉に合わせるように、「いただきます!」の声が響き渡る。


 早速リリアンが、パンを一齧りした。

 それから、目を見張った。


「わああ……すっごく美味しい! ふわっとしてて、噛むたびに旨みが口の中に広がる……! 黄金色の小麦畑も見えてきそうな美味しさだよう……」


 そう言って、身体をかき抱くリリアン。相変わらず独特な食レポだった。


 コハナさんとあやとりメイドも、パンを食べ始める。


「あら……リリアンちゃんの言う通り、とっても美味しいわね。頑張ってつくったからか、特別美味しく感じられる気がするわ……」

「……うま。うどん派っすけど、このパンは好きっす」


 二人にも好評のようだ。

 私も、目の前にあるパンを掴んで、口に運んでみる。


(た、確かに美味しいですよ〜! やはり、焼き立てのパンからしか得られない栄養がありますね……)


 もぐもぐ咀嚼しながら、私はこくこく頷いた。


「どう、マルハナ? 美味しい?」

「うんっ、ママ! とほうもなく、おいしい〜!」

「ふふ、それはよかったわ」

「マルハナ、おいしいパンをたべて、パンツいっちょうでおどりだしたいきぶん!」

「うう、マルハナ、素晴らしいギャグだわ……あら、何だかパンが塩辛くなったわね……」


 そんな会話を交わしていると、ふと、テレザくんがパンを一口も食べていないことに気付いた。

 彼は唇を引き結びながら、じっとパンを見つめている。

 リリアンも気になったようで、口いっぱいにパンを頬張りながら首を傾げている。

 取り敢えず、尋ねてみることにした。


「テレザくん、どうしてパン、たべないの〜? おいしくやきあがってるよ!」


 私の言葉に、テレザくんは何やら葛藤しているような表情を浮かべた。

 それから、「……でもっ!」と大声で言う。



「だって……パンをたべてしまえば、パンが、なくなってしまうじゃないかっ!」



(……すごい当たり前のこと言うじゃあないですか……)


 そんな感想を私が抱く中、テレザくんが両手を握りしめてどんっと机を叩く。


「パンは……なんてはかないそんざいなのだっ! こんなにも、すてきなみためで、すてきなかおりで、すてきなあじわいだというのに……きづけば、すがたをけしてしまう! ぼくは、パンの『はかなさ』が、にくいっ!」


 心底悔しそうな顔をするテレザくんを、私はもそもそとパンを食べながら見つめる。


(ああ……コイツもしかしてあれですか……パンの、ガチ勢だったんですか……)


 まさかの先生と同ジャンルの人間だった。


 あやとりメイドが「テレザ様」と口を開く。


「そんなこと言ってると、パンを一番美味い状態で食えなくなるっすよ? さっさと食べたらどうっすか」

「くっ……リルは、なにもわかっていない!」


 ここに来てあやとりメイドの名前が判明した。意外と可愛らしい名前だった。


「いや色々わかってるっすよ。あやとりの知識とか」

「ぐわぁー! あやとりなどどうでもいいのだ! ぼくは、パンをたべたいきもちと、パンをうしないたくないきもちで、かっとうしているのだっ!」

「それじゃあ自分のパン一個あげるっすよ、はい。これ食べたらどうっすか」


 あやとりメイドは、ひょいと彼女のパンをテレザくんの目の前のお皿に置く。


 テレザくんは、ぱちぱちと瞬きを繰り返して。

 それから、きらきらと目を輝かせ始める。


「えええ……い、いいのか……?」

「はい。どうぞっす」

「ほ、ほんとにほんとに、いいんだな!?」

「ええ。いいっすよ」

「あとで、こうかいしても、おそいからなっ!?」

「うん。そうっすね」


 あやとりメイドの淡白な返しを気にした様子もなく、テレザくんは光の速さでパンを持つと、がぶりと食べた。


 それから――ばっと、立ち上がった!

 そして、叫んだ!



「おいしすぎるぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 会場中の視線が、一気にテレザくんへと集中する。

 しかしそれを気にした様子もなく、彼は着席してにこにこしながらちびちびパンを食べる。


「おいしい……でもばくばくたべるとすぐなくなっちゃうから……ぼくは、じかんはいぶんをするのだ……ふふっ」


 そう言って微笑むテレザくんは、何というか……すごく、可愛らしかった。


 私は心の中で(いやあ、食べられてよかったですね……)と呟いてから、二個目のパンを食べ始めることにした。

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