第22話 パンづくり教室②

 無事に生地をこね終わり、私たちは一つのテーブルを囲むようにして、先生の元に集まっていた。

 テーブルの上には、皆がそれぞれこねて丸めたパンの生地たちが置かれている。

 先生が、パチンと手を鳴らした。


「それでは今から、発酵の工程に移ります! どうしてパンづくりに発酵が必要なのかというと、主な理由は二つ。一つ目は生地を膨らませるため、二つ目は熟成を進めて美味しくするためなんですー!」


 先生の言葉に、私はふむふむと頷いた。

 確かに萎んだパンや不味いパンを想像すると何だか悲しくなるし、そう考えると発酵は重要な手順なのだろう。


「発酵は二回に分けて行います。一次発酵と二次発酵ですね! やや高めの温度でじっくり時間を掛けて発酵させるのが基本なんですが、今回もそうしていると沢山時間が掛かってしまうので、魔法を使ってスピーディーに発酵させていこうと思います。おうちでつくるときは、レシピに書いてある通りの手順で発酵させてみてくださいね!」


 先生はそう言うと、「〈早く・美しく・美味しいパンを〉」と魔法を唱える。

 すると、丸まった生地たちがみるみるうちに膨らんでいく。


「じ、時間操作魔法……!?」


 隣で、リリアンが驚いているようだった。

 確かに私も驚いた。時間操作魔法はかなり高度で、中々習得できないことで有名だからだ。

 先生はリリアンの方を見て、ふふっと笑う。


「そうですよ……でも、私が時間操作できるのは、なんです。きっと精霊が、パンへの情熱を認めてくれたんでしょうね」


 まさかのパン限定時間操作魔法だった……。

 目を丸くする私の隣で、リリアンが「そっ、それにしても、すごすぎます!」と目を輝かせている。私の記憶が正しければリリアンはもっとげきヤバな時間操作魔法を使いこなしていたはずだが、まあ素直なこの子のことだし、心の底から先生のことをすごいと思っているのだろう。


「さあ、これが一次発酵です。二次発酵の前に、生地を分割して丸め直し、ベンチタイムと呼ばれる生地の休憩期間を挟んでから、成形します!」


 先生の魔法によって、説明された工程が早回しのように進んでいく。

 その間にも、「丸め方はこんな感じです」「このときは余り生地を触りすぎないようにしてくださいね」「ちなみに先程の一次発酵がうまくいったか確認する方法にフィンガーテストというものがあって……」というように説明が随所に挟み込まれていく。プ、プロだ……!


 先生が微笑んで、また手を鳴らした。


「……はい、そうしたら二次発酵に移ります! 段々とパンの出来上がりに近付いてきましたね! 私もわくわくが止まりません! では、いきましょう……〈早く・美しく・美味しいパンを〉」


 先生の唱えた魔法に呼応するかのように、パンが勢いよく膨らんでいった――――


 *・*・


 私、リリアン、コハナさん、テレザくん、あやとりメイドは、自分たちの机へと戻ってきた。

 机の上に、発酵済みの二十個のパン生地を、十個ずつ二枚の角皿に乗せてある。

 これらをオーブンで焼き上げれば、めでたくパンの完成だ……!


「さあ、それでは各グループごとに、オーブンを使ってパンを焼き上げましょう! 185℃、14分で設定してみてください。この過程には時間操作魔法は使いません! なので、パンが焼き上がるのを楽しみに待っていてくださいね!」


 先生の言葉に、私は早速一つの角皿をオーブンに持って行こうとする。



 ――――そのとき、再び事件は起きた。



「おい、ちょっとまつんだ、ようじょっ!」

「ええっ!? ど、どうかしたの〜?」


 テレザくんの「待て」が入り、私は角皿へと伸ばした手を取り敢えず引っ込めた。

 テレザくんは腕を組みながら、不敵に笑ってみせる。


「オーブンなどつかわずとも、このテレザ=シャダーリアさまのちからがあれば、パンをおいしく、すばらしく、うつくしくやくことがかのうだっ!」


(あ……またしても嫌な予感しますよ〜……)


 遠い目をする私の側で、リリアンが「テ、テレザくん!? オーブンは、人類の叡智が生み出した最もパンを焼き上げやすい道具だと思うよ!?」となんか聞いたことがあるようなツッコみをしている。流れが同じすぎて怖い。


「だまれっ! みていろ、しょみんども! 〈なにもかもをやきつくすほのおよ〉っ!」


 テレザくんが不穏すぎる文言の魔法を唱える。


 そして――――パン生地が全て、消し炭になった。


「「「「…………………………」」」」


 何も言えずにいる私たちの前で。

 テレザくんは再び、目をうるうるさせ始める。


「ううう……みんなの、たいせつな、パンがあ……」


(もしかするとコイツすげえアホなんじゃないですか?)


 私が辛辣すぎる感想を心の中で抱くと同時に。

 リリアンが――――血を吐いた。


「ごふっ!」

「リ、リリアンちゃん!? 大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ったコハナさんに、リリアンはハンカチで口の周りを拭きながら「だ、大丈夫です……ちょっと、美味しいパンが唐突に炭になったことで、胃がすごい勢いでよじれて血を吐いただけですから……!」と微笑んだ。何も大丈夫じゃねえ。


 その一方で、あやとりメイドはテレザくんの肩に手を置く。


「テレザ様、気にしないで平気っすよ。さっさと帰ってうどん食べましょう。卵も乗せて月見うどんにしちゃいましょう」

「やだもん……ぼく、パンがたべたいもん……」

「ほら、この壮大な『銀河』を見て元気出してくださいっす」

「あやとり、きょうみなさすぎるもん……」


 二人のやり取りを聞きながら、私は頭に手を当てて溜め息をつく。


(全く、勇者だった頃に大量に魔法覚えといてよかったですね……)


 そう思いつつ、こっそり魔法を唱えた。


 そうして――消し炭だったはずのパン生地は、ふっくらと焼き上がった美味しそうなパンへと変貌した!


 私は四人に聞こえるように、大きな声を出す。


「わあ〜! パン、おいしそうにやきあがってるよ〜! マルハナ、かんどうしちゃうな〜!」


 四人は会話をやめて、いそいそと机の上を見た。


「えっ、ほ、本当だ〜! なあんだ、よかったあ! うわあ、パン、すっごくおいしそうだよう……」

「あら、よかったわ……! さっきの消し炭は、あくまでここに至るまでの過程だったのね……!」

「……うどん派だけど、これは美味しそうっすね」


 リリアン、コハナさん、あやとりメイドの言葉に。

 テレザくんは、どんどんにこやかになっていく。


「ふっ、ふはは、ふははははー! そうだろう、そうだろう! このテレザ=シャダーリアさまのちからに、おそれいったか!」


 活気を取り戻した皆の様子に、私はふうと息をついて俯いた。


(これじゃあ、スローライフじゃなくてカオスライフですよ〜とほほ……)


 まあ、パンが何とか完成したのはよかったかもしれないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る