第8話 竜襲来
「へ、な、何ですか!? も、もしかして……げきつよ魔物!?」
「ふるふ〜……」
フルッフリューがか細い声を漏らして、私の腕の中で縮こまってしまう。
「や、ヤベえ、見つかる前にとっとと転移魔法で逃げ――――」
言い終える前に、私の目の前にぬっと鱗に覆われた顔が現れる。
すぐに大きな口が開き、反射的に私はフルッフリューを抱えながら後ろに跳んだ。
敵の口から吐き出されたブレスによって、地面に生えていた植物が一気に腐る。
「まさか……ロティランゼ・ドラゴン……!?」
「ふるふる……」
――――ロティランゼ・ドラゴン。
主に森林地帯に生息する竜だ。
樹々の間を通れるように進化した細長く柔軟な身体と、触れたもの全てを腐敗させる強力なブレス攻撃が特徴的。
〈優しい終わりの森〉に生息する魔物の中では、最高水準の強さを誇る。
私はフルッフリューを抱きしめながら、森林の中を駆ける。
「よりにもよってどうしてロティランゼ・ドラゴンなんですかあ……もっとショボいのを寄越してくださいよ〜……」
「ふるっふ!」
「やっぱ君もそう思いますよね……」
ロティランゼ・ドラゴンは飽きた様子もなく、私たちを執拗に追い掛けてくる。
そうして暫くの間、鬼ごっこが続き。
やがて私は、ぴたりと立ち止まった。
振り向くと、そこには舌舐めずりをするロティランゼ・ドラゴンの姿。
ふ、と私は笑う。
「…………気付いてないんですか?」
そう言って私は樹の枝へと跳躍し、枝から枝へと伝いながら、ロティランゼ・ドラゴンの顔から遠ざかっていく。
ロティランゼ・ドラゴンはすぐさま私を追おうとするが――動くことが、できない。
何故なら、身体がすっかり捻れてしまっているからだ。
動揺を滲ませるロティランゼ・ドラゴンの背中の上に立って、私は口角を上げる。
「お前の身体の細長さと柔軟さを逆手に取らせて貰って、上手く捻れるようにくるくる逃げ回ってみたんです。私を追い掛けるのに夢中だったでしょ? ふっふっふ、残念でしたね」
「ふるっふっふっふ」
「――――――――!」
ロティランゼ・ドラゴンの怒りの咆哮で、森が揺れた。
「ではでは、無駄な戦いは避けていきたいので、私たちはこれにて失礼しますよ〜! バイバイッ!」
「るふるふっ!」
私はそう言い残して、転移の魔法を唱える。
視界が、白く染まった――――
*・*・
…………転移に掛かる少しの時間で、私はとある記憶を思い出していた。
*・*・
「なあ、ティアラ。ドラゴンの効率的な倒し方を知ってるか?」
「んあ?」
視界に広がるのは、陽光を反射してきらきらと輝く川。
私の隣で草原に寝転んでいるトロスが、そう尋ねてきたのだ。
「効率的な倒し方ですか? ドラゴンとの戦いに、効率的も何もあるんですか?」
「ははは、あるに決まってんだろ! 例えば、ロティランゼ・ドラゴン」
「ああ、あのチーズみたいに伸びるドラゴンですね」
「チーズって、お前……相変わらずウケるな」
「何がですか」
ジト目で言った私に、トロスはまた豪快に笑う。
深緑色の短髪が微かに揺れた。
「チーズはさておき。お前、ロティランゼ・ドラゴンと戦うとき、どうしてる?」
「どうしてるも何も……あのヤベえブレスを避けながら、攻撃魔法でパンチですが」
「ほうほう。へーへー。ふむふむ」
「その馬鹿にするような目やめてくれますか? ウザいですが?」
「はははっ、ごめんって」
笑顔で謝罪するトロスに、私ははあと溜め息をつく。
随分と昔からの付き合いだからか、私たちはお互いに遠慮がなかった。
かつては自分より背が低かったはずのトロスは、私の背を追い越して、肩幅も広くなって、顔付きも男らしくなって、言うなれば格好よくなったのかもしれないけど。
それを意識することすら殆どないほどに、私とトロスはずっとこんな感じだった。
「じゃあ、さっさと教えてくださいよ、トロス先生。ロティランゼ・ドラゴンとの、効率的な戦い方とやらをね」
「ああ、勿論さ。聞いて驚くなよ……?」
「そういうのいいからさっさと言いましょ」
「つれねえなあ。まあ要は、ドラゴンをぐるぐる巻きにしてやればいいんだよ」
「へ…………?」
思わぬ言葉に、私は目を丸くする。
「え、ぐるぐる巻きって、どうやってやるんですか?」
「決まってんだろ! 追い掛けてくるドラゴンからぐるぐる逃げ回って、そうしてればいつかぐるぐる巻きになる!」
「ほ、本当かあ〜!?」
思わず敬語を忘れた私に、トロスは「本当さ!」と親指を立てる。
「この前やってみたから、立証済みだぜ!」
「この前やってみた、って……まーた一人で魔物と戦いに行ったんですか!?」
「ああ! バトルが俺の生き甲斐だからなッ!」
「美味しいご飯を生き甲斐にしてるリリアンを少しは見習ってくださいよ〜……」
嘆息する私に、トロスは豪快に笑った。
それから、口を開く。
「ま、お前もロティランゼ・ドラゴンと戦うときがあったら試してみてくれよ。この、効率的な戦い方をな!」
「…………これ、本当に効率的なんですかね?」
私の疑問の声は、川の音に溶けるようにして消えていった――――
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