第2話 思い出した幼女

 私は、ゆっくりと目を開いた。

 視界に広がるのは、見覚えのない天井。

 何度か瞬きを繰り返した後で、私は最後の記憶を思い出す。


「あれ……確か私、魔王と相討ちになって死んだはずじゃ…………」


 呆然としながら呟いたところで、すぐに一つの可能性に思い至る。


「へ……まさか、助かったってことですか!? あの状況から!?」


 驚きの余り、私は一気に上体を起こす。

 けれど自分が眠っていたのは、医療機関の一室という感じでは全くなく、何というか……子ども部屋、のようで。

 違和感を持った私は、取り敢えず自分の手を見てみる。


 ――――とても十八歳の手だとは思えない、もちっとした小さな手がそこにあった。


「へ、嘘、もしかして私……なんやかんやあって過去に戻ってきちゃいました!?」


 そう言いながら、私はさあっと青ざめる。


「そっそれは嫌すぎますが!? またあのヤバ人生を子どもの頃からやり直すんですか私!? 考えただけで鳥肌やばいですよ〜!」


 おろおろしながら、私は頭を抱える。

 そこで、目を見張った。

 髪の手触りがいつもとは全く違って、とても柔らかかったからだ。


「あれ……昔の私って、こんな髪ふわふわでしたっけ……?」


 触りながら、私は気付く。

 視界に入る自分の髪が、なのだ。

 私の髪は、のはずなのに。


「ん…………?」


 私は顎に手を添えて、首を傾げる。


 視線の先に、小さなドレッサーがあるのに気付いた。

 私はベッドから飛び降りて、だっと駆け出す。

 それから、こぢんまりとした円形の鏡を覗き込んだ。


 ――――そこにいたのは、淡い橙色をしたふわふわの長髪と、海を想わせる群青色の瞳を持つ、幼女で。


 どう見ても、ティアラ=リゼルリティでは、なかった。


「へ……ええええ……いや誰ですかコイツは……」


 呆然と呟きながら、私は鏡の中の幼女と目を合わせ続ける。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す幼女は、何というか……恐ろしく、容姿端麗だった。

 透明感のある肌、長い睫毛、ぱっちりとした愛らしい瞳、形のいい鼻、桜色に染まった唇――どれをとっても、非の打ち所がない。


「将来超絶美人確定幼女じゃあないですか…………」


 目を細めながら、私は言う。


 ――――ちょうど、そのときだった。


 部屋の扉がバアンと開かれ、驚いた私は反射的に後ろに跳ぶ。

 近くにあった椅子に手を掛け臨戦態勢に入った私の視界に映るのは、派手なサングラスをしている男性と、派手な帽子を被っている女性。

 二人の手にはどちらもクラッカーが握られている。


「なっ、何者ですか!?」


 私の言葉に、男性と女性はきょとんとした顔をする。

 それから、二人揃って嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「マルハナ……もしかしてそれ、ギャグか!? ギャグだよな!?」

「すごいわ……五歳にして、もうギャグを覚えたのね!?」

「ああ……パパ、感涙だ……」

「ママも、感無量よ……」


 笑っていたと思ったら今度は泣き出した二人に、私の口から「いや情緒不安定すぎますが……」という言葉が漏れる。多分顔も引き攣っていると思う。


 二人は涙を拭うと、顔を見合わせて頷いた。


「(いいか、コハナ……タイミングを合わせるんだぞ……)」

「(ええ勿論よ、マルティス……練習の成果を見せましょう……)」


 私の耳がやたらといいので小声のやり取りも全部聞こえてしまっている。耳を塞いだ方がいいだろうかと考えていたところで、男性と女性は同時にクラッカーを鳴らした。



「「お誕生日おめでとう、マルハナ〜!」」



 そこから二人は、誕生日祝いの歌を高らかにうたい始める。


 ……突っ立って聴いているのも失礼な気がしたので、取り敢えず幼女らしく喜んでいる感じで踊ってみた。「マルハナが踊っているぞ!?」「可愛すぎるわ……!」という言葉が返ってきたので、この対応で大丈夫だったのだと思う。多分。きっと。恐らく。

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