元勇者、幼女に転生したのでチート級魔法を駆使して理想のスローライフ目指します

汐海有真(白木犀)

第一章 元勇者、幼女に転生する

第1話 勇者の死

 ――――水の上を揺蕩っているような心地だった。


「………………! …………アラッ!」


 誰かに名前を呼ばれている気がして、私はゆっくりとまぶたを持ち上げる。


 霞んだ視界に映るのは、見慣れた三人の姿。

 けれど皆の表情は、いつもとは違った。


 いつも豪快に笑ってばかりいるトロスは、絶望した面持ちを浮かべていて。

 いつも優しい微笑みを絶やさないシグレは、瞳に涙をいっぱいに溜めていて。

 いつもころころと表情を変えるはずのリリアンは、ずっと泣きじゃくっていて。


「あれ……皆、どうしたんですか……? う……ゲホッ」


 咳をした途端、自分が何かを吐き出したのがわかった。

 何だろう、汚ないな……そう思いながら、その正体を確かめるために左手を口に近付けようとする。

 それなのに、中々左腕が思い通りに動いてくれなくて、どうにももどかしい。

 数秒の時間を掛けると、ようやく口元に手が届いた。

 べっとりとしたそれを、手で拭う。


 視界に映ったのは、真っ赤な左手。


「へ……あれ? 嘘、何で、私…………」


 声までもが、随分と掠れていて。

 お腹の辺りの感覚も、なくなっていて。

 そうしてようやく、思い出す。


 ――――私たちは、魔王と戦っていたのだった。


 いずれ世界を滅ぼすとされていた、魔王と。

 勇者の私、戦士のトロス、治癒術士のシグレ、魔導士のリリアンは、王から命じられてパーティーを組んで。

 長い旅の末に今日、決戦の日を迎えたのだった。


「あはは……何で、こんなに重要なこと、忘れてたんですかね、私……ゲホッ、ゲホッ!」

「ティアラ、無理して喋らなくていい……!」


 トロスの声は、震えていた。

 私は、あはは、と笑う。


「そう、言われましても……そろそろ私、死ぬんでしょ? なら、喋っとかないと……」

「まだ死ぬかどうかわかんないだろ! さっきからシグレが治癒魔法を掛けてくれていて、」

「……トロスさん」

「何だよッ、シグレ……!」

「血が……止まらないのです。先程から、ずっと……」


 そう告げたシグレの瞳から、涙が一筋滑り落ちる。

 トロスも、目の辺りを手で拭い始めた。

 私は、呆れたように笑う。


「おいおい、大の男が二人して泣かないでくださいよ……泣いていいのはリリアンだけですよ、あはは……」

「ううう……ティアラちゃあん……」


 リリアンが、ぎゅっと手を握ってくれたのがわかる。

 よく私と手を繋ぎたがる子だったけれど、その手がいつもより温かい気がした。


「……あのさ、皆……二つ、聞いてもいいですか?」

「何だよ、ティアラ……! 二つなんて言わず、何個でも答えてやるよ!」

「あはは、二つで平気です……魔王は、死にましたか?」

「ああ、死んでるよ……お前がやってくれたんだ」

「そうでしたっけ、まあ、それならよかったです……それと」


 私は、一人ずつ目を合わせていく。

 トロスと。

 シグレと。

 リリアンと。

 それから、尋ねた。


「皆は、命に別状、ないですか……?」


 そんな私の問いに、


「ああ、俺たちは大丈夫だから、心配しなくていいからッ……!」

「貴女が守ってくださったお陰です……」

「うう……ありがとう、ごめんねえ、ティアラちゃん……」


 皆はそうやって、答えてくれて。


 私は、ふっと微笑んだ。


「そうか……それなら、よかったです。安心、しました……」


 そう告げると、段々と意識が遠ざかっていく。

 揺蕩っていたはずが、段々と、呑み込まれていくような心地に変わっていき――――


 …………思い返せば、ひっどい人生だったけれど。


 皆に名前を呼んでもらいながら死ねるのは、終わり方としては悪くないような、気がした。

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