第13話

――キングの記憶――


勇者の放った攻撃が私に命中する瞬間、私の横からファンテがその姿を現した。


「だ、だめだファンテ!!よせ!!」


とっさにそう言葉を発する私だったものの、もはや私が体を動かしたところで何を変えられる段階にはなかった。

その攻撃はそのままファンテの頭に命中し、私が懸念していた通り、そのダメージはファンテに致命的なものをもたらした。


「ファンテ!!」

「キング……勝つんだ……勝つんだ…!!!」

「っ!?」


…ファンテは痛む体をこらえ、私に向けて必死に力強い口調でそう言葉を放った。

そしてその言葉を放った直後、ファンテの体は光となって消滅し、その光はそのまま経験値となって勇者の体に吸収されていく。


「…おぉ、ゴブリンにしては多めの経験値だな。ラッキー♪」

「もらったぁ!!!」

「っ!?」


勇者が経験値の吸収に気を取られていたその瞬間、これを狙っていたかのようにジャックが勇者の背後に回り込み、手製の鎌を大きく振りかぶる。

状況から考えて、その攻撃が命中すれば勇者とてひとたまりもないはず。

…ファンテの死を悲しむ間もないほどの瞬く間の展開ではあるが、それでもこの勇者を倒すことができるなら、きっとあいつだって悔いはないことだろう。


…と、私がそう思った時…。


「(キング、とどめはお前だ。しっかり決めてくれよ?)」

「(…なに?)」


勇者を挟んで、互いに向き合うような位置にある私とジャック。

そんなジャックが私に対し、目でそう言葉を送ってきた。

…このままジャックがとどめを刺すものとばかり思っていた私には、最初、その言葉の真意が理解できなかった。

しかしその真意は、次の瞬間にははっきりと理解させられた。


「いつのまに俺の後ろに!!させるか!!」

「くっ!!!」


背後に回り込んだジャックの存在に勘づいた勇者は、そのまま態勢をくるっとひるがえし、振り下ろされたジャックの鎌に自らの刀剣で応戦した。


「そんなおもちゃの鎌でなにができるっていうんだよ!おらっ!!」

グシャアァァァッ!!!

「くそっ!!」


クオリティも精度も全く異なるその二つの武器が勢いよく接触したならどうなるか、そんなものは火を見るよりも明らかであった。

勇者の刀剣により、ジャックの鎌は真っ二つに引き裂かれる形となり、勇者はその勢いのままにジャックの体めがけて自慢の刀剣を突き立てた。


「終わりだ!!!」

「っ!!」


…その剣先がジャックの体にめり込むまさにその時、私はジャックの言った言葉の真意を理解した。

私はありったけの力を総動員し、思いの限りを込めて、たった今私に背を向けている勇者の背中めがけて、短剣の剣先を突き立てた。


ザシュッ!!!

「がはぁっ!!!」


私の攻撃はがら空きだった勇者の背後を完全にとらえ、致命傷を与えることに成功する。

しかしそれは、取り返しのつかない犠牲と引き換えにであった…。


「ジャック!!!」

「へ、へへへ……ここまでか……」


勇者の刀剣もまたジャックの体に深く突き刺さっており、それが我々ゴブリンにとって致命傷であろうことは、誰の目にも明らかであった。


「…キング、後は……頼むぜ……」

「待て!!!まだ我々の戦いは始まったばかりじゃないか!!」


…私の言葉を最後まで聞き届けることなく、ジャックはその体を光にして消滅した。

そしてその経験値はそのまま勇者のもとに運ばれたが、すでに勇者の体力もゼロとなっているため、ジャックの持つ経験値、勇者の持つ経験値がそれぞれ私の体の中に流れ込む。


「(これが……勇者討伐による経験値……)」


これまでゴブリンを倒すことでしか得ていなかった経験値。

勇者を倒すことで得られた経験値は、それはそれはこれまで味わったことのない感覚を私にもたらした。


「(ファンテ、お前の経験値もまた私の体に…)」


勇者によって奪われたファンテの経験値。

それを奪い返すことに私たちは成功した。

…今の私には、勇者を倒した栄誉よりも、その事の方がよほどうれしく感じられた。


「お、おのれ……この俺が……こんなゴブリンどもに……くそおぉ!!」


そして自分自身もまた、倒したファンテとジャックのように自らの体が光りに包まれ始める勇者。

私の事を恨めしそうに見つめながら、その体は光となって空中に離散した。


「(…終わった…)」


勇者の消滅を完全に見届けてから、私はその場に膝から崩れ落ちた。

当初の目的通り、ゴブリンの力だけで勇者を倒すことには成功した。

…しかし、私の心中はとてもこの状況を喜べるものではなかった…。


「(…勇者一人を倒すのに、ここまでの犠牲を…。それなりの訓練と経験を積んだゴブリンが3体束になって、ようやくその身と引き換えに一人の駆け出しの勇者と互角に戦うことができる…。それが、我々ゴブリンの現実なのか…)」


我々は3人とも、少し戦闘の経験を積めばゴブリンであっても1対1で勇者と戦うことができると確信していた。

…しかしそんなものはただの幻想にすぎないということを、私は大きな代償を払って教えられた。


「(独りよがりではだめなのだ…。我々ゴブリンが勇者に勝つには、個で戦うのではなく、集団で戦わなければならない…。たとえ不格好であろうとも、卑怯であろうとも、勝つためにはいらぬプライドなど全て捨て去り、堂々とそれをやり遂げなければならない…!)」


その事を思い知らされた時、私がこれからやるべきことは一つしかなかった。


「(このダンジョンに生きるゴブリンたちをまとめ上げ、集団で戦えるように訓練するのだ…。たとえ格好は悪くとも、1人の勇者に対して複数のゴブリンが、完璧なコンビネーションを発揮して戦う。それができなければ、我々ゴブリンがこの世界をひっくり返すことなど永久にできないだろう…)」


それが、今に至るまで私の心の中で生き続ける記憶であり、信念となるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る