第10話

――キングの記憶――


「…ここは、どこだ…?」


私がこのダンジョンに湧き出て生まれた時、私もまた他のゴブリンたちと同じように、なんの力も持たず、何も知らない存在だった。

最初は右も左もわからないこのダンジョンの中で、とにかく生き残ることに必死だった。

そして時間が過ぎていき、いろいろな経験を重ねていく中で、私はこのダンジョンの置かれている状況を少しづつ理解していった。


このダンジョンには定期的に勇者たちがやって来ては、湧き出たゴブリンを倒して経験値を得て帰っていく。

勇者たちにとってゴブリンはチュートリアルに丁度いいくらいの相手であり、実際ここを訪れる勇者のほぼ全員が駆け出しと思わしき勇者であった。

…が、中には経験値のためではなく、新しい武器や防具の調整、魔法の威力の確認のためだけに訪れ、ゴブリンたちを倒していく勇者もいた。

きっとやつらは駆け出しではなく、それなりに戦闘や冒険の経験を積んだ勇者であり、このダンジョンのゴブリンの事は良い調整相手とした思っていなかったことだろう。


ある日のこと、私は偶然知り合ったゴブリンにこう尋ねた。


「知っていれば教えてほしい。我々はこのダンジョンの中に、何のために生まれたのだろうか?勝てるはずのない勇者たちが何度も何度も押し寄せてくるこの洞窟の中で、我々にできることとはなんだ?」


そのゴブリンは非常にまっとうな性格をしており、かつ私よりも先にこのダンジョンに生まれた者であったため、その質問を尋ねる相手としてふさわしいと私は考えた。

しかし私の言葉を聞いたゴブリンは、どこか不思議そうな表情を浮かべながらこう答えた。


「そのようなこと、考える必要はないのです。我々ゴブリンは勇者たちによって倒され、彼らが一人前になるためのいしずえとなる。それでいいではありませんか。逆に言えば、そのような疑問を抱く時点で身の程をわきまえていないということになるかもしれません。自分をよく理解し、運命を受け入れるのです」


…どこか悟ったような表情で私にそう言ってきたゴブリンは、それから間もなく勇者によって倒された。

あいつの言ったことが正しいことなのか、それとも間違いなのか、それは私には分からない。

しかし正解が分からない中で、私は心の中にある野望を抱いた。


ダンジョン内にやってくる勇者たちにおびえながら死ぬまで過ごすくらいなら、いっそのこと我々ゴブリンが力をつけて外に進出してみてはどうだろうか、と…。


――――


そんな私の野望に共感してくれる者はここにはいないと思っていたが、それでも私のもとに二人の仲間が集まってくれた。


「勇者を返り討ちにする?なにそれめっちゃ面白そうじゃねえか!!」

「おい、俺たち以外の奴にそんな話してないだろうな?これは俺たちだけでやる祭りなんだから、他の奴に取らせはしねえぜ!」


…いずれも変わり者な二人ではあったが、逆に言えばそうでもないと私の話に乗ってくることなどありえなかった。


ある日の事、私は仲間の二人を集めてこれから先の計画を立てようと考えた。

すると、最初に出てきた言葉は意外なものだった。


「作戦を立てるのはいいんだが、仲間内で呼び名がないのは不便だな……。なにかいい名前はないのか?」


そう言葉を発した私の仲間に対し、もう一人の仲間がこう返事をした。


「そうだな…。じゃあ、お前は俺たちを導く王ってことで”キング”って名前でいいんじゃないか?以外にかっこいいだろ?」


どこか楽しそうに発されたその言葉に続き、もう一人の仲間も妙にうれしそうな口調でこう言葉を返した。


「いいなそれ!じゃあ俺たちはキングを支えるって意味で”ジャック”と”ファンテ”ってところか?なかなか悪くないぞ?」

「お、おいおい…ずいぶんと安直すぎる気もするが…?」

「別にいいだろ名前なんてなんでも。大事なのは名前じゃなく、俺たちの”夢”なんだからな」

「そういうことだぜ、キング♪」

「…」


…互いに呼びあう名前を決めただけだというのに、楽しくて仕方がないという表情を浮かべる二人。

私はそんな二人に感化されるように、自分たちの思い描く夢に向かってそれまで以上に突き進んでいった。


――――


「いいか、作戦はシンプルだ。我々はこのダンジョンに湧き出るゴブリンたちを、勇者たちよりも先に倒していく。そうして各々が実力をつけていき、最終的にはここに足を踏み入れてきた勇者を返り討ちにする。最弱だと名高いゴブリンが勇者を倒したとなれば、おそらく我々を見る連中の目も変わることだろう。我々はそれを皮切りにして、この世界に挑戦状をたたきつけるのだ」

「くうぅぅぅ、ぞくぞくしてくるぜぇ…!」

「俺たちに倒される勇者の間抜けな顔を想像するだけで、ワクワクが止まらねぇ…!」

「…あんまり張り切りすぎるなよ?」


…我々の計画はまだまだ最初の段階であるというのに、自信にあふれすぎている二人に不安を感じないでもない私だったが、この二人を見ていると私も妙に自信を持つことができた。


「よし。ジャック、ファンテ、行くぞ!」

「「おぅっ!!!」」

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