第9話

あのゴブリンが逃げ出していった痕跡こんせきはいろいろと残されており、その後を追うことは難しいことではなかった。


「わっかりやすい足跡も残ってるし、においに特徴があればフォーリットに追跡してもらうこともできそうだ」

「なんだなんだ?フォーリットにはそんな特技があったのか?」

「どうだフォーリット?できそうか?」

「分からない。でも、できそうな気はする」


フォーリットはそう言うと、自身の両眼を閉じて周囲の空気をくんかくんかと嗅ぎ始める。


「くんくんくん…」


…その姿は彼女の愛らしい容姿も相まって、なんだかいろんな人の癖に刺さりそうな光景であり、俺は自分の胸が妙に高鳴るのを感じていた…。


「おい、なんて顔してやがる。…妙な事でも考えてたんじゃないだろうな?」

「んなわけ…」


そんな俺の心を完全に見抜いたのか、ラークがジト目を浮かべながら俺の事を見つめてくる…。

俺は自分の心をごまかすかのようにフォーリットの方に視線を移すと、彼女に対して声をかけた。


「どうだいフォーリット、追えそうか?」

「くんくんくん…、こっち」

「よし、行こうぜラーク」

「おい、ごまかすな!」


まるで宝探しでもするかのような雰囲気で、俺たちはフォーリットの後に続いて進んでいくのであった。


――――


「も、申し訳ありませんキング…。あのモンスターを連れ去ること叶わず…」

「まぁ気にするなルガン。うす暗く先の見えにくいダンジョンの中では、こういうことも起きるというものよ」


フォーリットを狙って急襲をかけてきたリーダーゴブリンは、ここではルガンと呼ばれている。

…名を持たぬゴブリンが多くを占めるこの限られた世界では、なかなかに珍しい存在といえよう。

そんな自身が慕う”キング”の元へと戻ったルガンは、キングより命じられた計画の失敗を正直に報告していた。

それを聞いたキングは特に機嫌を損ねたりすることもなく、冷静にその事実を受け止めていた。


「…それにしても、倍以上の相手を一方的に蹴散らすゴブリンとは…。このまま放っておけば、このダンジョンにおける我々の大きな脅威になるかもしれないな…」


キングはそう言葉を発しながら、隣に控えるゴブリンから差し出されたグラスを受け取り、その中に注がれていた飲み物を自身の口から体の中へと流し込む。


「数日前にここを訪れていた勇者が落としていった飲み物でございます。毒見はしておりますが、お味の方はいかがでしょうか?」

「あぁ、いい味だ。こんなものが毎日当たり前に飲めるとは、勇者連中はまったくうらやましい限りだな。ここではこれひとつで醜い殺し合いになりかねないというのに…」


キングはどこか自嘲気味にそう言葉を発し、苦笑いを浮かべて見せる。

そんなキングに対し、ルガンは堂々とした口調でこう言い放った。


「キング!そんな絶望しかなかったこのダンジョンを、キングはひとつにされようと尽力してこられました!私は遠からずそれが実現されることを確信しています!…その仕事は、一人の勇者をその手で倒されたキング以外のゴブリンには絶対にできない事です!」


目をキラキラと輝かせながらそう言葉を発するルガンに続き、その隣に控えていたほかのゴブリンたちもそれに続いて声を上げる。


「…勇者の踏み台にしかなっていないこの世界を、僕たちは変えたいのです!」

「みんなせっかくこの世界に生まれてきたのに、駆け出し勇者の経験値になるだけの存在など絶対に嫌なのです!」

「…これまではゴブリンたちを束ねる存在がどこにもおらず、結局何も変えることはできないままだったのでしょう…。でも、今は違います!僕たちにはキングがいます!」

「我々はキングとともに立ち上がり、何度も何度も繰り返されてきたこの悲劇に打ち勝つのです!!絶対に!!!」

「……そうだったな、あぁそうだった」


仲間のゴブリンたちの大きな声により、キングは改めて自分の抱く未来を再確認したようで、そのままルガンに対してこう言葉を返した。


「ルガン、もう一度そのゴブリンたちに仕掛けて来い。なかなかに興味のある奴らだが、その者たちが我々の夢の前に立ちはだかるというのなら、我々はそれらを絶対に食い破らなければならない。心してかかれ」

「承知しました!!よし、こころざしある者たちは俺についてこい!!夢のある者はここに残って命がけでキングを守れ!いいな!」

「「おおおぉぉぉぉ!!!!!」」


ルガンの声に扇動され、キングのもとに集ったゴブリンたちは大きな声を上げて気合を入れる。

そして十数体のゴブリンたちがルガンの後に続いていき、それ以外のゴブリンたちはキングの周りの守備を固めるに最適な布陣を取った。


…自分ががこれまでに教えてきた通りに動く手下のゴブリンたちを見て、キングはその心の中にある思いを抱く。


「(…ゴブリンは”個”では勝てない。ゴブリンが敵に勝つには力を結集して”集団”となり、一つの敵に全員でかかる形を作らなければならない。…私はそれを、この身をもって学習したのだから…)」


心の中にそう言葉をつぶやくキングの脳裏には、過去に経験したある記憶がよみがえっていた…。

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