第4話
聞こえてきた悲鳴の主の元を目指して駆けている最中、俺は脳内に浮かんだひとつの疑問を相手のゴブリンにぶつけた。
「そういえばお前、名前は?」
「はぁ?そんなもんねぇよ。いったい誰が俺たちなんかに名前を付けてくれるっていうんだ」
「なるほどな。じゃあ俺が名前を付けてやろう」
「……はい?」
俺はそう言うと、走りながら横目に相手のゴブリンの見た目をチェックしていく。
そいつの体は俺の体と同じく、ゴブリンらしい特徴は要所要所にあるものの、全体的に見たらやはり人間の亜種のような見た目であった。
…いきなり俺の事を襲ってきたんだから、性格はかなり荒くれものと言えるか?
荒くれ者……荒くれ……荒く……。
…走りながらいろいろな考えを頭の中で巡らせた後、俺はこいつの名前をこう命名した。
「よし、お前の名前はラークだ。悪くないだろう?」
「ラ、ラークだと…?い、一体どういう意味が…?」
「説明は後っ!とりあえずお前はラーク!俺はツカサ!それじゃよろしく!」
「ちょ、ちょっと待てって!おい!」
俺はラークへの説明を適当に切り上げると、そのまま目の前の光景に意識を戻す。
さっき声を発した主がいる場所までは、もうすぐだろう。
――――
おそらく先ほど声が発せられたその現場らしき場所までたどり着いた俺たちは、一旦洞窟の岩場の陰に隠れて、その場の状況の確認をしようと試みた。
…すると、武装した二人の男が一人の少女?のようなモンスターを引きずって歩いていくのが目に入った。
モンスターは気絶か何かをさせられている様子でその体を全く動かさず、なんの抵抗をすることもできない様子…。
「おい見ろよこのモンスター!例の激レアモンスターじゃないか??」
「ま、まじか…!遭遇率1%未満なんて言われてたのに、それに遭遇するのが俺たちとか…!やっぱり選ばれし勇者ってのは最初からなにか持ってるものだよな!」
男たちはモンスターを引きずりながら、そのような会話を行っていた。
その話が本当であるなら、あの二人はこのダンジョンに訪れた勇者ということになり、あのモンスターは今回の探検における戦利品か何かなのだろうと思われた。
「(……)」
その光景が果たして正しい光景なのか、それとも間違った光景なのか、この世界に来たばかりの俺には全く分からない。
…しかし、何を考えることもなく俺の体は次の瞬間、二人の勇者めがけてとびかかっていた。
「お、おいバカ!!!いくらお前が少々強いからって勇者に敵うはずがないだろうが!!!」
体の後方からそう叫び声をあげるラークの声が聞こえてきたものの、俺の体が止まることはなく、そのまま一人目の勇者の喉元に本能のままに噛みついた。
「クワァッ!!!!!」
「あがっ!!!!だ、だれだっ!!!!!」
「お、おい大丈夫か!!今助けるぞ!!」
すると、噛みつかれなかったもう一人の勇者が自身の腰に下げていた刀剣をさやから
引き抜き、その剣先を俺の方に向けて斜めに振り下ろす。
俺は瞬時にその攻撃を見切ると、今俺が噛みついている勇者が腰に下ろしている刀剣をさやから引っこ抜き、そのまま勢いよく剣先を振り上げて応戦する。
「な、なにっ!?こ、こいつ本当にゴブリンか!?」
「ゴ、ゴブリンのくせに生意気な真似を!!」
…おそらく俺の事を最弱ゴブリンだと見下し、完全になめ切っている様子の二人。
俺はそのまま間髪入れず、手に持つ刀剣の剣先を
「お、おいおい嘘だろ…。俺たちゴブリンに負けたのかよ…」
「ど、どうすんだよ…。こんな事がみんなにバレたら俺たち二度と勇者なんて名乗れないじゃないかよぉ…」
…俺が二人の体を真っ二つにしたことを確信した瞬間、突然に二人の体はなにか妙な光に包まれ始めた。
そして二人はやや半泣きになりながらそんな言葉を漏らすと、そのまま二人の体は光となって空中に消えていき、数秒後には完全に消滅してしまったのだった。
そしてそれと同時に、俺の体の中でなにか不思議な感覚が沸き上がった…。
なにかのエネルギーが沸き上がるような、暖かい毛布にくるまれているような、何か不思議な感覚が…。
「(…まさかこれって、勇者を倒したことで得た経験値…?)」
バギュッ!!!!
「おーーい!!!まじかよ!!!!勇者を倒すなんてどんだけだよ!!!」
「い、いってぇ!!!!」
…初めての経験値を得てしんみりしていた俺の時間は、後ろから抱き着いてきたラークによって強制終了させられる…。
「あいつらざまぁねえな!!ゴブリンの洞窟を初期ダンジョンだとなめ腐りやがって!!街に戻ったら恥ずかしくて生きていけないんじゃないか?想像しただけで笑いが止まらねぇぜ!」
「(街に戻ったら…?あぁなるほど、あの妙な光は俺の攻撃で体力がゼロになったから、安全地帯の宿屋的な場所に強制テレポートさせられたってわけね…)」
はじめての戦闘に男の子としての興奮を隠せない俺だったものの、ラークの言葉により、この世界の性質の一端を理解することができた。
もっと詳しくこの世界の事を知りたくなった俺だったが、今はそれよりも大切なことがあったことを思い出す。
…高ぶる心を無理矢理になんとか落ち着かせ、二人が連れて行こうとしていたモンスターの方に視線を移す。
「(…さて、このゴブリンのダンジョンには似ても似つかないこの子は一体…)」
背丈は人間世界で言うところの小学生くらいで、俺やラークと変わらない。
遠目の見た目も人間のよう、しかしよく見ると俺の姿と同じく人間とは似て非なるものを持っていた。
まず目を見張るのは、その大きな尻尾だ。
親はキツネかなにかなのだろうかと思わせるほど、立派で大きな尻尾がついている。
そして耳も人のそれとは異なっていて、ネコのような耳が頭の上についており、その姿はまさに”猫耳”と形容するにふさわしい。
しかし、肌の色は俺たちゴブリンとあまり変わらない薄緑色をしており、人間やネコとはまったく異なっている。
「なぁなぁ教えてくれよツカサ!!勇者を倒して得られる経験値ってどんな味なんだよ!!」
「…おいラーク、ここはゴブリンの洞窟なんだろ?なんでこんな可愛らしい子がいるんだ?」
「なんだよ釣れないな…。っていうかお前、知らずにここまで駆けてきたのかよ」
「その言い方、お前この子の事なにか知ってるのか?」
俺の投げかけた質問に、ラークは質問で言葉を返した。
「ツカサ、お前この子の”種族”は何だと思う?」
「いやそれが、さっぱり分からん…。見た目は人間っぽくはあるが、あの尻尾はキツネみたいだし、あの耳はネコみたいだし…。肌の感じは俺たちゴブリンみたいだよな?」
俺は思ったことをそのまま言葉にしてラークに伝えた。
そして俺の返事を聞いたラークは、俺が予想だにしていなかった衝撃的な事実を告げてきたのだった…。
「まぁ、その分析は正しい。なぜならこの子は、それらの生き物のすべての性質を持っているからだ」
「!?…ど、どういうことだ!?」
「おそらくこの子は、どこかの無責任な勇者の合成魔法で生み出されたんだろう。しかし生み出したはいいものの、後から都合が悪くなったか何かの理由で、ここに捨てられたんだろうさ」
「す、捨て…られ…」
「いいかツカサ、ここは勇者であるならどれだけ低レベルな奴だろうと
…ラークから告げられたその事実は、日本から転生してきた俺には非常に衝撃的なものであった…。
勇者とは、困っている人を助けたり、自分たちの国の脅威となる存在から国を守ったりする存在ではないのか…?
「な、なんだよ…それ…」
「ツカサ、お前はどこまで知っているのかは知らんが、勇者というのは本来、冒険を
ラークがそう話をしていたちょうどその時、それまで意識を失っていたモンスターがゆっくりと瞳をひらき、その目を覚ました。
「!?………」
そのモンスターは、目を覚ました最初の一瞬こそハッと驚いたような表情をみせたものの、自分の近くに人間がいないことを知って安心したのか、あるいは俺たちの事を仲間だと思ってくれたのか、先ほどまでよりもかなり落ち着いた表情を見せてくれた。
そしてそのまま俺の目を見据えると、澄んだ口調でこう言葉を発した。
「あの勇者たちは?どこにいったの?」
「もう追い払ったから、ここにはない。心配はいらないよ」
その子は俺の言葉を聞いて、さらに一段とその表情をほっとさせた様子だった。
…もしも俺の見た目が人間のままだったなら、彼女は今もなおその体を震えさせ続けていたのかもしれないことを考えると、俺ははじめてゴブリンに転生したことを良かったと思えた。
「俺の名前はツカサ。君の名前は?」
「…フォーリット」
「フォーリット、かわいい名前だ。それで、君はここで何をしていたんだ?」
「分からない…。前まではどこかの家の中にいたと思うのだけれど、気が付いた時にはここにいた…。そしたらあの人間たちがやって来て…」
…どうやらラークの言っていることは本当らしい。
彼女はおそらくこの洞窟ではない外の場所で生み出されたものの、彼女を作った者のお眼鏡にかなわなかったかなにかでこの洞窟に捨てられたのろう。
…無責任な人間に対する
「フォーリット、君はなにをしたい?君を作った人間の所に帰りたいか?」
「お、おいおいおい、何言ってんだよツカサ…。お前まさか勇者の住む街に殴り込みにでも行くつもりか?いくらお前がそこそこ強いっていったって、さすがに秒で殺されて終わりだぞ…。しかも俺たちは勇者連中とは違って、体力がゼロになったらもうそこでおしまいなんだぞ?」
ラークはややその表情を険しいものにしながら、俺に対して警告を行う。
「ツカサ、洞窟の外の世界に夢を見るのは良いが、よく考えてみろ。お前くらいの力があれば、この洞窟の中で一番の実力者になることは造作もない事だろう。この洞窟の中で俺と一緒に、つかの間の皇帝ごっこを楽しむ、それでいいじゃないか」
おそらくラークは、俺よりもよっぽどこの世界の現実を見ているのだろう。
…けれど、俺はどうにもその考えに賛同する気は起きなかった。
「フォーリット、俺たちと一緒に君の」「ひっ!?!?!?」
俺がそう声をかけたその時、フォ―リットは一瞬のうちにその表情を恐怖で染め、自身の体を震わせ始めた。
何事かと思う俺とラークだったものの、その直後、この場に先ほどとは異なる二人の勇者が姿を現した…。
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