第3話

――そして、転生へ――


調整者との会話を終え、次に目が覚めた時、俺はうす暗い洞窟の中に横になっていた。

日本で暮らしていた時には全く経験したことのない、まさに天然のダンジョンの中といった雰囲気を肌で感じ、俺は少し気持ちをはやらせていた。

俺はゆっくりと自分の体を起こしてみる。

すると、生まれ変わったことによる最初の違和感を感じた。


「(当然と言えば当然だけれど、身長がかなりちっちゃくなっちゃったな…。これは人間でいうところの小学生くらいの背丈だろうか…?)」


背筋を伸ばしてきちんと立っているのに、それでも自分が知っている景色よりもかなり視線が低い。

まぁゴブリンに高身長なイメージは全くないため、これも自然と言えば自然なのだろう。


「(あ、そういえば見た目はどうなってるんだ??)」


生まれ変わった自分の見た目が一体どうなっているのか気になった俺は、そのまま周囲をきょろきょろと見まわしてみる。

洞窟の中であるため、もちろんアイテムや役に立ちそうな道具などは何も落ちていないものの、水面の張った水たまりがあるのが目に入った。

光はあまりない条件ではあるものの、軽く自分の姿を確認するには十分なもので、俺はそのまま水面に映る自分の姿を見てみることにした。

…するとそこには、自分が予想していた姿とはかけ離れたものが映っていた…。


「こ、これがゴブリン!?と、遠目に見たら人間とあんまり変わらないんじゃないか…!?」


額の上に小さな角が生えていたり、肌の色が薄緑色であったり、歯がかなり鋭くなっていたりと、人間と異なっているところは確かにあるものの、それでも体の造形そのものは人間とあまり大差ない姿をしていた。

ゲームや漫画に出てくるような異形の容姿を予想していた俺には、その姿はかなり意外なものだった。


「(この世界のゴブリンはこういう見た目なのか…。まぁ正直、驚きはしたけど見た目は嫌いじゃないな…)」


それが今の自分の姿であるからそう思ったのか、それとも普通にそう思ったのか、どちらであるかは分からないものの、いずれにしても自分で自分の姿を嫌悪することはなく済んだようで、俺はひとまず安心する。


「(…にしても、ゴブリンが服を着ているのは意外だったな…。てっきりゴブリンは全裸でなんぼだと思っていたのに…)」


俺が目を覚ました瞬間から、人間世界で言うところの民族衣装のようなものをこの身にまとっていた。

この世界のゴブリンは俺がイメージしていたよりもオシャレらしい。


「(…と、自分の状況を確認したところで、これからどうするかな…)」


調整者様の話によれば、この世界においてはまぁそれなりの力を持っているゴブリンらしい俺。

脳内には”スキル”のイメージや”技”のイメージはいろいろとあるものの、果たしてそれらをどう活かしていこうかと頭を悩ませていたその時…。


「いい衣装を当てたな!!いただきっ!!!!」

「っ!?」


突然に背後から何者かの気配を感じ、俺はとっさに自分の体を伏せてその者の攻撃をかわしにかかる。

慣れてない体であるがゆえに少しぎこちない動きになってしまったものの、小柄な体であることが幸いし、その攻撃をかわすことに成功する。


「誰だっ!!」

「ひっ!!く、くそっ!!」


一体どこの誰だと思った俺の前に姿を現したのは、同じ種族である一匹のゴブリンだった。

そのゴブリンは俺への奇襲が失敗したことをまずいと思ったのか、急いで俺の前から逃げ出そうという態勢をとる。

…それは非常に速いスピードだったのだろうが、なぜだか今の俺にはスローモーションのように遅く感じられた。

ゆえに俺は全く苦労することもなくそのゴブリンに接近し、その体を地に伏せることに成功する。


「な!?は、速すぎだろっ!!い、いたいいたいいたい!!!!」

「いきなりなんのつもりだ??なにをしようとした??」

「う、うるさい!!いいから離せよ!!い、いたいいたい!!!」


俺がその体をねじ伏せたのは男のゴブリンで、その見てくれからしてまだ若く、あまり戦闘経験などもないのであろうと感じ取れる。


「いいから話せ。なにをしようとした?」

「な、なんでもいいだろーが!」

「…”いい衣装を当てた”、とか言ってたよな?目当ては俺が今着てるこの服か?」

「う、うるせぇな!いいから離せいだだだだだ!!!!!わがっだ!!!言う!!言うからぁ!!!!!」


俺は相手にかけた拘束を少しだけ解くと、そのまま向こうの言葉を待った。

するとそのゴブリンは、どこか達観したような口調でこう話しを始めた。


「…ね、狙ったのはお前の衣装だよ…。この洞窟には定期的に新しいゴブリンがポップするんだが、そいつらはランダムでいろんな衣装を持ってたり、中には珍しいアイテムをもって生まれたりするやつもいる…」

「なんでそんなことを…。ゴブリンのポップアイテムなんてどうせ大した価値のあるものじゃないだろう。危険を賭してまでやるものか?」

「……」


俺の言った言葉に対し、ゴブリンはややその表情を複雑そうなものにしながらこう言葉を返した。


「…どうせ俺たちゴブリンは、生まれた時から全員短い人生じゃないか…。このゴブリンの洞窟に生まれて、ほんのひと時の時間を過ごしたのちに、駆け出しの勇者の経験値にされる運命…。だったらせめてその短い時間を、少しでも充実したものにしたいだろ…。俺だけじゃない、他のゴブリンだってそう思ってるやつは多い…!!」

「………」

「お、お前はポップしたばかりにしてはなかなか筋がいい!どうだ??俺と一緒に組まないか?どうせ互いに長くない人生なんだから、楽しんだもの勝ちだとは思わないか?」


その言葉に嘘を言っている様子は全くなく、そのゴブリンは悲痛な雰囲気でそう叫んだ。

…こいつの今言った言葉は、まだ日本にいたとき、ありとあらゆる不幸を吸い込んで来た俺にはかなり刺さる内容だった…。


「なぁ、ここにはどれくらいのゴブリンがいるんだ?…毎日どれくらいのゴブリンが生まれて、どれくらいのゴブリンが死んでいくんだ?」

「さぁな…。そんなもの知らないし知りたくもないが、ただひとつはっきりしているのは、俺たちゴブリンは生まれた時から勇者の経験値となることを定められた、哀れな存在だってことだけさ…。お前は多少強いみたいだが、所詮しょせんはただのゴブリンに過ぎない…。どれだけ死に物狂いで体を鍛えたところで、せいぜい駆け出し勇者といい勝負をするくらいにしかなれない。…どうだ?ゴブリンに生まれたことに失望したか?」

「…」


そこまで言葉を聞いたところで、俺は相手の体から手を放し、拘束を解いた。

向こうもすでに俺と争う気はないらしく、特に抵抗や反撃などもしてこなかった。


「ったく…。関節が変な方向に曲がったらどうしてくれるんだ…」

「悪い悪い。でも仕方ないだろ?急に襲い掛かられたんだから…」


互いにそう言葉を交わしていたその時、それまで静かだった洞窟内に大きな声が響き渡る。


「助けて!!!!!!お願い助けて!!!!!!!」

「「っ!?!?」」


俺のいる洞窟のどこかから、泣き叫ぶ別のゴブリンの声がこだまする。

…俺は反射的に体を動かし、その声が発されたであろう方向に当たりをつける。

…人間の泣き声だったらスルーしたかもしれないが、今の俺はゴブリンなのだ。

少なくとも同族の仲間であるのなら、救えるものなら救いたい…!


俺は隣でたたずんでいたゴブリンの体をつかむと、あたりをつけた方向を目指して走り始める。


「よし、お前と組もうじゃないか。ついてこい!」

「お、おい!!なんでお前が命令する側なんだよ!!」

「お前から誘ってきたんだろうが!いいからついてこい!」

「ったく、仕方ねぇなぁ…」


向こうはしぶしぶといった雰囲気ではあるものの、俺の言葉に納得してくれた様子。

俺たちはそのまま洞窟の中を駆けていき、叫び声の主を探して突き進んだのだった。

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