第2話

今日もまたなんの力も使わずに二人の勇者を追い返すことに成功した俺は、その場に座ってくつろいでいた。


「(まーた挑んできた勇者たちを追い返してしまったな…。初期ダンジョンのゴブリンなんだから空気を読んで倒されろって誰かに怒られるような気もするけど、そんなこと言ったって勝っちゃうものは勝っちゃうんだし、仕方ないよな…?)」


――――


日本という国で普通に暮らしていた俺の名前は、高野司たかのつかさ

最後に覚えているときは確か、高校生だったと思う。

俺の両親は、それはそれは見るに堪えないような人物だった。

父親は暴力当たり前の上に大の女好きで、家のお金を平気でギャンブルにつぎ込んでは負けて帰ってきて、そのイライラから俺の事をよく殴っていた。

母親もまたそんな俺に味方をすることはなく、毎日きわどい服を着てはどこかへ出かけて行っていた。

子どものころはその意味が分からなかったが、今ならよくわかる。

俺にも父親にも愛想を尽かしたために、外に男を作って遊びまくっていたのだろう、と…。

睡眠時間を削り、食費を削り、学校に行きながらバイトをして食費や学費を稼いでの毎日。

そんな毎日を過ごしていて、体を壊さないほうが無理な話だった…。

なんでもないある日の事、俺はその場に気を失って倒れた。

それが人生最後の景色だった。


――――


そんな俺が次に目が覚めた時には、空中に浮かんでいるようなふわっとした感覚を覚える、不思議な場所にいた。

そこには世界の調整者を名乗る人物が座っており、俺にこう話しかけてきた。


「さて、君は死んでしまったわけだが…。これから来世について決めたく思う」

「い、いきなりそんなことを言われても…。そ、そもそもあなたは」

「あぁ、私の事は”調整者”と呼んでくれたまえ。それで、来世の事なんだが…」

「ら、来世ですか?…正直、死んだって感覚もあんまりないのですが…」

「うーむ…まぁ無理もなかろう。あれだけ多忙な毎日を送っていれば、突然死んだとしても意識もなにもないものよ」

「そ、そういうものですか…」


そう会話をした後、調整者様は自身の懐からある冊子を取り出し、俺の前に提示してきた。


「いろいろ考えてみたんだが、あれほど過酷な人間社会で生きてきた君は、きっともう人間に生まれることを望んではいないだろう?だから君には別の生き物への転生をさせることをお勧めしたい。何か希望はあるかな?」


なるほど、この人は俺の気持ちをよく理解しているらしい。

俺の方も、次に生まれ変われるなら人間だけは絶対に嫌だと思っていたから、その提案は願ったり叶ったりだった。


「希望ですか…。そりゃあもちろん、最強の翼竜とか伝説の火の鳥とかになって、かっこよく戦いたいですね!なんなら幻の化け物コウモリとかでも」「おいおい、あのねぇ…」


いろいろと希望を並べていた俺の言葉は、途中でさえぎられた。


「世界にはバランスというものがあるんだ。翼竜に転生はできるといえばできるが、人気のモンスターであるがゆえにその力は果てしなく弱いものに設定させてもらうことになるぞ?」

「えぇ…。そ、それはまずいな…」


俺は転生にあたってなにか特別な力が欲しいわけじゃないけれど、かっこよくて美しいドラゴンが簡単に人間に倒されたりしてしまったら、それこそ皆の笑いものになるばかりだろう…。

そんなファンタジーの世界になんの夢も魅力もありはしない…。

…かといってそこそこなモンスターに転生したって、あんまり面白みがないような気もしてくる…。


なかなかいいアイディアが出てこず、色々と頭を悩ませている俺。

そんな様子を見かねてか、調整者様は他の提案を示してきた。


「そうだな…。ビーストタイガーやボルトイーグル、ジャイアントスパイダーあたりがコスパがいいと思うぞ?そこそこ人気のモンスターである上に、そこそこの強さを与えられる。まぁ多少見た目はアレかもしれないが、新しい世界で充実した毎日を送るにしたら悪くない選択だと思うが?」


その提案はいわゆる、スローライフというやつだろうか?

日本で生活していた俺はスローライフの正反対を生きていたため、そんな俺にとってその提案は確かに魅力的な話ではあった。

…が、俺はあえて違うアイディアを試してみたくなった。


「…逆に、最も不人気なモンスターはなんなんですか?」

「ふ、不人気か??はじめて聞かれたな…。えーっと…」


俺の言葉は相当意外なものだったようで、調整者様はやや驚きの表情を浮かべ、その手に持つ冊子をぱらぱらとめくりながら、あるページを開いて見せてきた。


「うーん…。このゴブリンが最不人気かもしれんな。ゴブリンに転生を望む者はこれまで誰もいなかったから、当然といえば当然だが」

「ゴブリンですか…」


最初こそ夢のあるモンスターを希望した俺だったけれど、その内心では別に人間でないのなら何でもいいと思っていた。

だからこそ俺の出した答えは…。


「じゃあ、ゴブリンでお願いします」

「え、えええ!!??ほ、本当にゴブリンでいいの!!??正直めっちゃきもいキャラだよ!!??」

「構いませんとも。それで、ゴブリンならどれくらいの強さになる計算なのですか?」

「う、うーむ…。これまで計算したことのないくらいの数値になるから、答えが出るのには時間がかかるかも…」


調整者様は頭を抱え、頑張って強さの計算をしている様子。

別にそこまで細かく聞きたいわけではないのだけれど…。


「いえいえ、別に細かく知りたいわけじゃないので大丈夫ですよ。それじゃあ俺はゴブリンに転生ですか?」

「か、変わってるなぁ…。自分からゴブリンを選ぶだなんて…」

「いいじゃないですか、そんな奴がいたって」

「ま、まぁそれはそうだが…。よし、それじゃあ君はゴブリンに転生することとする」


調整者様のその言葉と同時に、あたり一帯がまばゆいい光を放ち始め、どうやら生まれ変わりに向けての準備が進められている様だった。

そんな最中にあっても、調整者様は非常にぽかんとした表情を浮かべていた。


「ま、まぁせいぜい第二の人生を楽しんでおくれ。前世で相当に苦労をした君の幸運を祈っているよ」


その言葉が俺に告げられた途端、俺の体は自分のものと思えないほどの異様な感覚に包まれ、そのまま意識を体から手放したのだった。


――――


それが、この世界に転生するにあたって俺と調整者様との間で交わされた会話だった。

あの人の言葉に嘘はまったくなく、俺はこの世界にゴブリンとして生まれてからというもの、ただの一度も負けたことがない。


…かつて日本で生きていた時に、かけられた言葉がある。


『不幸せな人間がいるおかげで幸せな人間がいる。君は不幸な人間かもしれないが、それでも誰かの役になっているんだ。良い事じゃないか』


…空気を読んで不幸せを受け入れろだって?この世界で言えば、初期ダンジョンのゴブリンは未来の偉大な勇者様のために犠牲になれとでも?そんなのやってられるか。


俺はこの世界でなんと文句を言われようとも、今の生き方を変えるつもりはない。

どんな人間やモンスターがここに挑んで来ようとも、そのすべてをぶっ潰してやろうじゃないか…!

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