やっぱり平穏が一番いい

 あれから数日、学園は平穏を取り戻していた。

 緑の芝生に寝ころび、大空を見上げる。


「平和だ」


 太陽が温かく照らすのは木々の緑と、小鳥のさえずりだ。

 人はどこにもいない。

 なんと心地良いことか。

 新聞を広げ、記事を見る。この間の事件は大きく扱われている。


「王都周辺に現れた魔物、無事討伐完了」


「学園を占拠も、生徒達の奮闘により勝利」


 一応、報道はされているようだが、詳細は伏せられている。

 事実と異なる点も多々ある。

 リースが一時的とは言え帝国の手に渡ったことは大きな失態。明るみにはしたくないようだ。

 さらに記事を見る。


「王都襲撃の実行犯、残る1名も処刑」


 これでフランカという人間はもはや存在しなくなった。

 彼女はもう……いない。


「これで一件落着」


 新聞をたたみ、横に置く。


「……とはならないか」


 まだ片づけなければならない問題が残ってる。

 今は束の間の平穏を堪能できるだけ堪能しよう。


「ローランド」


 リースがオレの顔を覗く。


「どうした?」

「怪我の具合はどうですか?」

「まあ、ぼちぼちだ」


 魔法の力はすごい。フランカの攻撃を受けてできた傷も今はなんともない。

 左腕に巻いている包帯はただの飾り。

 いわゆる仮病って奴だ。


「隣、よろしいですか?」

「ああ」


 リースはオレの横に座る。

 寝ていたオレも体を起こす。

 時計塔の鐘が学園中に響き渡る。授業開始の合図だ。


「リース、お前まで授業をサボって大丈夫なのか?」

「教えるはずだった同級生がお休みのようなので、わたしもちょっと休憩です」

「そうか」

「そういえば、お礼を言っていませんでしたよね?」

「そうだったか?」


 いちいちお礼がどうなどと覚えてはいない。


「何とお礼を言っていいかわかりませんが、本当にありがとうございました」


 リースは立ち上がり、お辞儀をする。


「でも、本音を言えばあなたにこんな無茶をして欲しくありません」

「でもな、オレもリースを助けたかった」

「だから、また同じようなことが起きたら、今度はわたしがローランドを助けます」

「起きないことを願っておくよ」

「はい」


 リースは再びオレの隣に座る。


「ローランドの夢って何ですか?」

「オレの夢? そうだな……今この瞬間に感じている平穏こそ、オレの最も欲するものだな」

「意外ですね。もっと具体的なものを欲すると思っていました」

「そうか? オレは謙虚な人間だぞ」

「それでは、今幸せですか?」

「ま、今はね。こうしてリースと一緒にいることは心地いいし、ずっとこうしていたいと思う」

「それはちょっと照れますね。でも、わたしもローランドとずっとこうしていたいです」

 できることならずっとこうしていたいが、そうもいかない。

 が、今は束の間のこの平穏を噛めるだけ噛み締めようと思う。


 その後も、こんな感じでリースとしばらく語り合った。


「リースは魔法の鍛錬に勉強にたくさんの習い事と色々大変だろう。たまにはこうやってゆっくりしたほうがいいんじゃないか?」

「そうしたいところですが、お姫様に休みはないんです」


 リースは立ち上がる。


「明日からは行こうと思う」


 オレはそうリースに告げる。

 本当は仮病を使い、1週間ほどサボろうと思ったが気が変わった。


「そうですか? サクヤさんと一緒にお世話しに行こうって言ってたんですが……」

「尚更明日から行かないとな」


 面倒そうだから来られるのは御免だ。

 ただ、ここ数日はサクヤが弁当を置いていってくれていたのでその点は感謝しておかないとな。


「あ、でもまだ怪我が治ってないみたいなので2人でお世話しに行きますね」

「いや、治ったから大丈夫だ」


 包帯でグルグル巻きの左腕をぶんぶん回す。


「駄目ですよ、まだ仮病癖が治っていませんよね」

「いや……それは……」


 逃げ道がなくなった。


「今回はすごく頑張ったので許してあげます。でも、明日からはちゃんと来てくださいね」


 リースはにこやかに笑った。


「それじゃあまた明日、会いましょう」

「ああ」


 そうしてリースは去っていった。




 * * *




 教室へ入る。


「ローランドだ」

「ローランドが戻ってきたぞ」


 オレの姿を見るなり、クラスメイトが寄ってくる。


「急にどうしたんだ?」


 オレはフレンドリーでも人気者でもないはずだが。


「リース姫を守ったなんてすごいわね」

「そのスパイがフランカだったって本当か?」

「てかお前魔法使えなかっただろう? どうやって倒したんだ?」


 クラスメイトから一斉に質問攻めにされる。


「お前ら落ち着け」


 しかし、クラスメイト達はオレを離さない。


「お前ら、席につけ」


 先生の一声でクラスメイトたちは落ち着く。

 やっと自分の席につく。


「久しぶりに全員無事に揃ったようだな」


 教室には1つ空席を除き、全部の席が埋まっている。


「全員が揃ったことだし、フランカについて改めて話しておこうと思う」


 さっきオレを囲んでた生徒の言葉から察するに、既に知っている生徒もいるようだ。


「彼女は闇組織の一員としてこの学園に生徒として紛れていたようだ」


 衝撃の事実が先生の口から告げられ、教室は沈黙する。

 クラスメイトの多くは、たった1つの空席を見つめる。

 一介の学生でしかない彼らにとって、今回の件はあらゆる面でショックが大きいだろう。

 楽園であるはずの学び舎が、政治的な争いの最前線になってしまった。だが、リースがここにいる限り、その状況は変わらないだろう。


「感傷に浸っているところ悪いが、お前らに伝えなければならないことがもう1つある」


 クラスメイトが一斉に先生へ目を向ける。


「待たせてすまないな。入ってきてくれ」


 先生は教室の外にいる誰かに声をかける。


「はい。失礼します」


 きっと、ここにいる全員にとって聞き覚えのある声だが、それに気づいているのはオレだけだろう。

 白く輝く髪をなびかせて、教室へ入ってくる。

 オレはその姿に衝撃を隠せない。


「初めまして、フィーネ・ミロシェヴィッチと申します」


 緊張した面持ちで、自己紹介をする。

 だが、問題はそこではない。


「フランカの代わりに、1人増員することになった。これから彼女と仲良くしてやってくれ」


 フィーネがここに来ることは想定の内だ。だが、頭に生えている、2つのふさふさの耳にオレは戸惑う。

 そしてオレの顔を見て、フィーネはそっと微笑んだ。


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