準備は整った

 今日は休日だが、リースに魔法を教えてもらっていた。


「ルクス」


 光魔法を唱える。

 杖の先端から光が現れる。


「だいぶものにしてきていますね」


 最初の頃に比べたら安定して詠唱できるようになった。

 だが実戦で使えるかと言われたら疑問符が付く。


「今日はこれくらいにしましょう」


 単純な魔法だが、意外と疲れるものだ。


「ローランド、あなたは既にゾーンを持っています。あとは時が来るのを待つだけです」「ああ、わかった」


 ここから先はオレ次第ということだろう。 オレが自分で何とかするしかない。

 リースやサクヤ、他の仲間の為にも完成させないとな。

 だがその前に……


「お腹が空いたな」

「そうですね、何か食べたいものはありますか?」

「うーん」


 腕を組んで少し考える。


「そうだ。サクヤのバイト先に行かないか?」


 そうして訪れたのは……


「おかえりなさいませー、ご主人様、お嬢様」

「何これ?」


 入店していきなり「おかえり」と言われる理由が理解できない。

 何故かメイドの恰好をしたサクヤにそう言われる。


「なんでだよ。そこはゲイシャとかマイコだろ! どこの世界線にメイド服着たエルモニア人がいるんだよ!」

「そんなことボクに言われても、いるんだからしょうがないじゃん」


 メイドとエルモニアという概念がどうやっても結びつかない。


「まあいいや。とりあえず2人で入りたいのだが」

「はいはーい、ご主人様とお嬢様をご案内いたしまーす」


 とりあえず店内に入る。

 中にはメイドの恰好をした人が何人かいた。

「不思議なカフェですね」

「オレも理解が追い付いていない」

「でも、面白そうですね」


 とりあえずリースが喜んでいてくれてよかった。


「本日ご給仕させていただくサクヤだよぉ。よろしくね」


 このシステムに未だ慣れていない。


「ところで、おすすめのメニューは何だ?

「お料理とお飲み物がセットになったスペシャルメニューがお得ですよ、ご主人」

「ご主人って何だよ。まあいい。オレはそれで」

「わたしも同じものをお願いします」

「はいはーい、それじゃあお料理とお飲み物を1つずつ選んでねー」

「それじゃ、寿司と抹茶で頼む」

「わたしはオムライスとココアにします」

 リースのは世界観に合った妥当な組み合わせだ。


「はーい、かしこまりましたぁ」

「なあサクヤ。ここは店員が変装ごっこしているカフェなのか?」

「コスプレって言って欲しいな」


 どっちも大差ないだろう。


「あの店員、猫耳が生えてる! まさか!?

「あれもコスプレだよぉ」

「獣人な訳ないよな」


 獣人が街中にいたら結構な問題になる。

 コスプレでよかった。


「本物のケモ耳美少女がいたらスカウトしたいから教えてね」


 サクヤは厨房のほうへ行く。

 メイドに接客されるのを楽しむカフェなのだろう。

 だがエルモニアとの関係がよくわからない。

「お待たせしました。まずはリースちゃん」

 リースの頼んだココアにはラテアートが施されている。


「まあ! かわいいわんちゃんですね」

「熱いから気を付けてね」

「ご主人のはもう少し待ってね」


 サクヤは再び去る。


「ご主人、お待たせ」


 台車にお茶の道具一式を載せて来た。

 その場で抹茶を立ててくれるようだ。


「どうぞ」


 テーブルに茶碗が置かれる。


「いただきます」


 茶碗を持ち上げ、回す。そして1口飲む。

 苦い。だが不思議と飲みたくなる。


「結構なお点前で」


 詳しい作法は知らないが、こんな感じだろうか。


「ご主人はなかなかの通だねぇ」

「そうか?」

「久しぶりにお茶を立てられて、ボクも嬉しいよぉ」


 確かに抹茶を好むリメリア人などほとんどいないだろう。


「それではお料理をお持ちしまーす」


 サクヤは一旦、厨房のほうへ行き、料理を持って戻ってくる。


「オムライスとお寿司でーす」

「わぁ、美味しそうですね」


 オムライスにはケチャップで絵が描かれている。


「ご主人にはお寿司だよぉ」


 下駄に盛られているのは葉っぱで包まれた何かだ。


「これは寿司なのか?」

「周りの葉っぱを取ってから食べてね」


 葉っぱを剥くと、中から寿司が出てくる。

「なるほど、そういう仕組みか」


 寿司を口へと運ぶ。


「……うまい」

「よかったぁ。それにしてもご主人、箸の使い方が上手だねぇ」

「まあな」

「それではごゆっくり」


 サクヤは他のお客さんのところへと向かう。


「いやー、美味しかったな」

「はい、また来たいです」




 * * *




 昼食を食べた後、リースを一旦寮へと送ってから、冒険者ギルドへと向かった。


「よう兄ちゃん。久しぶりだな」


 顔にある大きな傷が目印の荒くれ風冒険者が話しかけてくる。


「最近サクヤさんたち見ないけど、なんかあったのか?」

「学業が忙しいみたいで」

「そうか」


 それっぽい理由で誤魔化す。

 流石にリースが襲撃されたことは知らないみたいだが、サクヤがあの件以降冒険者ギルドを訪れていないことは不審に思われているようだ。


「聞きたいことがあるんですけど」

「何でも聞いてくれ」


「この男たちを見たことはないか?」


 ノルムに描いてもらった似顔絵を見せる。

「うーん、見覚えがあるような、ないような」


 男は首をひねる。


「思い出した。昔ここにいた奴らだ」

「今はいないんですか?」

「最近は見てないな。そんなに強そうじゃなかったから冒険者を辞めたんだろう。そういう奴は少なくないから、不思議な事じゃないぜ」

「冒険者を辞めた人たちはどうなるんですか?」

「まあ色んな仕事に就くさ。中には闇の仕事に手を出す奴もいるらしいが」

「なるほど」

「役に立ったか?」

「ええ、ありがとうございます」

「また困ったことがあったら言ってくれよ」

 冒険者の男に会釈をして冒険者ギルドを後にした。




 * * *




 あれから王都を駆けずり回っていたら、すっかり日が暮れてしまった。


「こんばんは。こんな夜遅くまで何をしてたのかね?」


 校長に出くわすとは思わぬ不運だ。


「王都を散策していまして。まだ門限は過ぎていないはずですが?」


 怒られる理由は特にないはずだ。


「勉学に励まなくてよろしいのですかな? いや、この学園に残るのは諦めて観光を楽しんでいたのなら、ご立派な心掛けですぞ」

「生憎ですがオレはここに残ります」


 そう言うと校長は不満そうな表情を見せた。


「ほう。そろそろ中間テストの時期ですな。そこでも酷い点数を取った場合は問答無用で追放だ。わかっておるかね?」

「オレからも忠告します。残り短い余生をお大事になさってください」

「忠告どうも、これ以上子供のお守りに私のキャリアをつぎ込む訳にもいかない。君とリース姫の件が一段落したら、いるべき場所へと戻らせてもらう」


 ついに本性が露見したようだ。

 別にこいつは学園をよくしたいなどとは微塵も思っていない。

 だがそれももうどうでもいい。


「オレはこれで失礼します」

「退学届を準備して待っておる」

「案外慈悲深いんですね、除籍にしないなんて」


 しかし実に哀れな男だ。

 どう足掻いてもその先にあるのは敗北しかないのだから。

 あとは事が起きるまで静観といこう。

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