本気を出すハメになった


 黒衣を纏った敵の本体が姿を現した。


 辺り一面は水属性の剣技により水浸し。

 動くだけでびちゃびちゃと音がする。

 少なくとも、これで分身に騙されることはない。


「で? どうする?」


 相変わらず表情は読めないが、焦っているようには見えない。

 敵は黒衣から腕を出し、手をかざす。

 何匹もの狼がびちゃびちゃと音を立てて集まって来た。


「今度は召喚術か?」


 獰猛な狼たちが吠え、唸り、睨みつけながらこちらを取り囲む。

 躾がなっているようで、ご主人様の合図を律儀に待っているようだ。


「……」


 敵は無言で、腕をオレのほうへ向け、合図をする。

 その瞬間、一斉にこちらへと襲い掛かってくる。

 オレは、剣にありったけの魔力を注ぎ込む。


「オレが使えるのは、水属性だけじゃない」


 溢れんばかりの雷を纏った剣を大地に突き刺す。


「雷轟来襲」


 放たれた稲妻は濡れた地を這い、刃となって周囲の敵全てを突き刺す。

 飛び掛かって来た狼たちは唸り声を上げ、地に伏す他ない。


 雷を放出し終える。

 狼たちの亡骸が周囲に転がっていた。

 だが。


「フッ、あれを耐えるか」


 まだ奴は立ち振る舞いを一切変えることなく立っている。

 なんてタフな奴だ。

 それでも、あれを喰らって無傷なはずはない。今のは相当効いたはずだ。


「お前が幽霊だろうと、どれだけ素早かろうと、オレの雷は確実にお前を捉える」


 そう啖呵を切った瞬間、黒衣の敵が視界から消え去る。


「どこだ?」


 だが焦ることはない。

 耳を澄ませ、相手を探る。


 バシャッと1度水を強く叩く音がした。

 その方向に剣を構え、正対する。

 その後は静寂を保っている。


「跳んだ……のか!?」


 不味いな。

 視覚でも聴覚でも敵を捕らえることができない。

 こうなったら勘に頼るしかない。


「……!!」


 敵を捕らえ、剣を振った。


「バシャッ!!」


 敵がオレの後方に叩き落される。

 クリーンヒットはしなかったが、確かに剣は当たった。

 オレは後ろを振り返ることはせず、剣を鞘にしまう。


 敵は水溜まりをビシャビシャと蹴り、尻尾を巻いて逃げていく。

 深追いはしない。

 敵の狙いはリースだろう。ならばどの道また襲って来る。

 そのときは、確実に倒す。


 しかし最後は少し焦った。

 まあ、アレは剣士の嗅覚だな。


 敵が去った今はリースとサクヤの救護が最優先だ。


 しかし奴は何故……



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