59 ワイバーンの大群

 メンシスとソリスが正門へとたどり着くと、そこには既に数十人もの冒険者や騎士が揃っていた。


「メンシス殿、ソリス殿、来てくださったのですね!」


 その中には騎士隊長ガルドもおり、二人に気付くやいなやそう言いながら彼女らの元に近づいて行った。


「街の危機だからね。それで、状況は?」


「国境を抜けたワイバーンの大群は道中の村を襲いつつ、少しずつこの中央都市へと近づいているようです」 


「……人の多い所を狙っている訳か。この分だと奴らがここに来るまでそう長くはないだろうな」


「申し上げます! ワイバーンの群れが確認出来たとの事です!」


「何だと!?」


「噂をすれば……か」


 ガルドの元に報告にやってきた騎士によれば、既にワイバーンはここ中央都市を目掛けて飛んできているとのことだった。

 その証拠に、メンシスにも遥か遠くに赤い点が大量に飛んでいるのが見えていた。

 ワイバーンはその高い体温の影響で常に赤く光っているため、夜の暗闇の中でもはっきり見えるのだた。

 

「もうあそこまで来ているのか……!」


 今でこそあんなに小さい点だが、ワイバーンの飛行速度であれば数分後には街まで辿り着いてしまうだろう。

 そのためここまでの道中で全て撃墜すると言うのも難しい話であった。


「かなりの数がいるみたいね」


「ああ、恐らく複数の群れが合わさっているんだろう。でなければあれだけの数にはならないさ」


 メンシスは大量のワイバーンを見ながらそう言う。

 ワイバーンの群れは通常の場合、多くても三十体程であるはずなのだ。

 だが今ここに迫っているワイバーンの大群はメンシスに見えている分だけでも軽く百体は存在していた。

 そのことから、別々の群れ同士が合流した結果そうなっているのだろうと彼女は予想したのだった。


「……姉さんの言う通りみたい」


 そしてそれは正しかったらしく、ソリスも迫りくるワイバーンの大群を見ながらそう言った。

 ワイバーンの大群が近づいてきたことで、その中に他と比べて大きな個体が複数体いることを確認できたのだ。

 それはつまるところ、一つの群れに一体しかいないはずのリーダー格の個体が複数体存在していることに他ならなかった。


「どうしてこれほどの数が……」


「恐らくここ最近の魔物の活発化の影響でしょう」


 ワイバーンのあまりの数の多さに驚愕しているガルドに対してソリスは冷静にそう言う。


「奴らの餌が増えてしまった訳だな。それで数が増えたからと活動範囲を広げた結果、そこで他の群れと合流してしまいさらに多くの餌を求めてこうして人里に出てきたと……」


 それに続けてメンシスも自分の考えを述べた。

 彼女の言う通り、ここまでワイバーンが増えてしまったのもここ最近の魔物の活発化が原因なのである。

 今までは絶妙なバランスで成り立っていた生態系が今、徐々に崩壊しかけているのだ。


「どちらにしろ、増えすぎたんなら狩れば良いだけさ。今までだってそうしてきたからね」


「だがあの数、一筋縄ではいかん……それこそ国を挙げての防衛線となるだろう。そう考えた時、我々は戦力不足だと言わざるを得ない」


 ガルドのその懸念ももっともだった。

 ワイバーンは魔物の中でも相当な力を持つ上位捕食者であり、当然下位冒険者程度では歯が立たない相手なのだ。

 そのため、今ここにいる冒険者は皆上位冒険者であった。

 同様に今ここにいるアルタリア騎士団もその全員が上位冒険者に相当する実力者である。


 しかし、それだけの戦力を集めてもなお足りないのだ。

 これが仮に通常のワイバーンの群れだったならば、この数がいれば十分であったことだろう。

 だが今回はその数が圧倒的に多いのである。


 十人程で束になってようやっと一体狩れるワイバーンを、数十人で同時に百体近く相手にしなければならない。

 それが今、彼らが置かれている状況だった。


「確かにそうだね。でもそれは……」


「私たちがいない場合……そうでしょう?」


 メンシスが言い終える前にソリスが割り込む。


「超位冒険者である私たちならば、あれだけのワイバーンを抑えることも出来る。姉さんはそう言いたいのよね?」


「あ~……うん、そうだね。はぁ、せっかくカッコつけようと思ったのに」


「そ、そのような事が本当に可能なのか……!?」


 ガルドはそんな二人の言葉を疑っていた。

 と言うのも、ガルドは実際に二人の戦いを見たことは無く、いくら噂に聞く超位冒険者と言えどその限界は常識の範囲内だろうと思っていたのだ。


「報告します! ワイバーンの大群が危険範囲に入りました!」


 その時、再びガルドの部下が報告に来るなりそう叫ぶのだった。

 とうとうワイバーンの大群がブレス攻撃の届く距離にまで迫ってしまったのだ。

 

「それじゃ、見てもらった方が速いかな」


 そう言うとメンシスは右腕部分の装備に収納されていた杖を伸ばし、戦闘態勢をとる。


「そうね。せっかくだから実際に見てもらいましょう」


 そう言うソリスも背丈ほどもある両手剣を片手で構えており、いつでも戦える状態となっていた。


「ブレス攻撃の兆候有り!」


「不味い! 大盾隊、防衛の準備を!!」


 ガルドのその命令を聞いた騎士たちは隊列を組み、魔法を施した大盾を構える。

 同時に、冒険者たちも各々ブレス攻撃への対応を行っていた。


 しかし彼らにワイバーンのブレスが届くことは無かった。


「フレイムスピア!!」


 メンシスの放った魔法がワイバーンのブレスを撃ち落としたのだ。


「な、なんだと……!?」


「よっし、撃ち落とし成功っと」


「油断しては駄目ですよ、姉さん」


 ブレスの撃ち落としに成功して調子に乗っているメンシスを窘めるようにソリスはそう言う。

 そして再び放たれたブレスを今度は彼女が長剣で叩き斬ったのだった。


「あの大きさの両手剣を片手で軽々と……! いや、それ以前にワイバーンのブレスを剣で切り裂くなんてあまりにも異次元過ぎる……!」


 ガルドは目の前で起こっている光景を信じられずにいた。

 当然だろう。今二人が行ったことは熟練の上位冒険者でさえ難しいことなのだ。

 それを軽々と行ってしまえる金銀姉妹と言う化け物を、ようやく彼は理解したのだった。


「メンシス殿、ソリス殿、先程はすまなかった。まさかあれほどの実力を持っていたとは」


 自分の考えが間違っていたのだと認識したガルドはすぐさま二人に謝罪していた。

 だがそんな彼をさらに驚かせるように、二人は息ぴったりに口を開く。


「「あの程度、本気の一割も出ていない(よ)ですよ」」


 二人のその言葉にガルドは絶句していた。


 確かにワイバーンは強大な魔物である。

 だが結局のところはドラゴンの劣化版でしかないのだ。

 ドラゴンに限りなく近いとされる黄金竜、白銀竜を討伐出来る彼女らにとって、ワイバーンはただの雑魚同然なのだった。

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