58 メンシスの過去
「うぅ……恥ずかしい」
正気を取り戻した桜はそう言うと恥ずかしそうに顔を手で覆う。
ただでさえお世話になっている身なのだ。余計な手間を増やしてしまったことに色々と感じてしまうのも無理も無いことだった。
「二人とも気にしてないみたいだから大丈夫だよ」
そんな桜を安心させようと、彼女の頭を優しく撫でる。
「ありがとう、咲ちゃん……」
だんだんと落ち着いてきたのか桜の顔色も元に戻りつつあった。
「それじゃあ私も寝ようかな」
そう言うと咲もベッドの上に寝転がる。
陽も完全に暮れており、もう後は寝るのみである。
色々とあったものの、今日もまたこうして無事に終わる。二人ともそう思っていた。
だがその時、国全体に鐘の音が響いたのだった。
「な、何!?」
「わからないけど、絶対ろくでもないことだと思う」
その鐘の音は重く、人々の危機感をあおるようなものだった。
……当然だ。なにせこの鐘は街に危機が迫っていることを示すものなのだから。
「失礼するぞ二人共!」
部屋の扉が開け放たれ、メンシスとソリスの二人が入って来る。
「一体何が起こっているんですか……?」
二人の様子が明らかにただ事では無いことに気付いた桜はそう尋ねた。
「どうやら街に危機が迫っているようです。それが何なのかはわかりませんが、この鐘が鳴ると言うことは相当な事なのでしょう」
「以前にこの鐘が鳴らされたのは大量のゴブリンが攻め込んできた時だったっけ。あの時は中々手を焼いたけど、今回は一体何が攻めてきたのか……」
ソリスは鐘が鳴らされた意味を桜に伝える。
そしてメンシスは過去を思い出すかのように、どこか遠い所を見ながらそう呟いていた。
「私たちは超位冒険者として街を守らなければなりません。二人はここで待っていてください。幸いここは国の外壁からは離れているので安全なはずですから」
「ああ、下手に動くよりはマシだろうな。それでも危険そうなら避難してくれ」
そう言うと二人は扉の方へと向かう。
「……わかりました。お二人の無事を願っています」
「む、無理はしないでくださいね……!」
「ありがとう……ま、元より死ぬつもりなど無いからね。そこは安心していてくれ」
部屋を出たメンシスは手をヒラヒラと揺らしながらおどけた様子でそう言う。
彼女なりに二人を安心させようとしての行動だった。
その後、屋敷を出たメンシスとソリスの二人は正門を目指して走り出した。
「あれは……」
その道中で騎士を見かけたソリスは彼に話を聞くことにしたようだ。
「おお、金銀姉妹のお二方ではありませんか。今、この国にワイバーンの群れが迫っているのです。市民の避難が終わり次第声をかけようと思っていたのですが、まさかそちらから出向いてくださるとは」
「そうだったのですね。それにしてもワイバーンですか……確かに最近やたらと人前に出てくるようにはなっていましたが、とうとう街にまで攻め込んで来るとは思ってもみませんでしたね」
「んなことはどうだっていいさ。攻めてくるなら返り討ちにすればいい。それが例えワイバーン相手でもね」
そう言うメンシスの目はやる気に満ち溢れていた。
いや、それはもはや「やる気」なんていう生易しいものでは無い。絶対に街を守ってやると言う凄まじい決意と覚悟がその目からは溢れ出ていた。
「姉さん、まだあの時のことを……」
その様子を見たソリスは心配そうに彼女を見る。
今でこそ金銀姉妹と言う二つ名で語られる超位冒険者の二人だが、最初からそれだけの力を持っていた訳では無かった。
と言うのも、双子であるにも関わらずどういう訳かメンシスの方だけ心眼スキルを持たずに生まれてきたのだ。
さらにはその身体能力まで同年代の他の少女と比べてもかなり低かったのである。
対してソリスは生まれながらに心眼スキルを持っているだけではなく、その身体能力も幼少期には既に上位冒険者に匹敵するものとなっていた。
そういうこともあり、幼少期のメンシスは優秀な妹と常に比べられ、己の無力さに日々苛まれていたのだった。
また「双子の出涸らしの方」「妹に全ての才能を持っていかれた哀れな姉」などと呼ばれ、嘲笑の的になることも少なくは無かった。
だからこそ彼女は過去の自分と同じように迫害を受けている外れ勇者の扱いに対して自分の事のように憤っているのだ。
そんな彼女が十四歳の頃、事件は起こった。
先程メンシス自身が言っていたゴブリンの大群による侵攻である。
当時、メンシスは下位冒険者向けの魔物をなんとかギリギリ倒せるくらいの実力であった。
そんな状態では自分の身を守るのがやっとであり、次々と殺されていく冒険者や街の人々を助けることも出来ず、ただただその死にざまを見ることしか出来なかったのである。
その経験が、その後悔と屈辱が、彼女を強くした。
度重なる限界を超えた修練の先に、幾たびもの死の危険を乗り越えた先に、とうとう彼女は妹と同じ心眼スキルを発動することが出来たのだ。
また一歩間違えれば命を落としかねないその修練により、彼女の身体能力も遥かに向上したのである。
……だがそれでも、彼女の中には決して消えない傷が残り続けていた。
彼女がどれだけ強くなろうが、失った人は戻ってこないのだ。
例え超位冒険者であっても、過去を変えることはできないのである。
「……心配しないでくれ、ソリス。少しあの時のことを思い出していただけだから」
ソリスの視線に気付き我に返ったメンシスは笑みを浮かべながらそう言う。
だがその目だけは変わらず決意と覚悟に満ちており、彼女が過去に囚われていることを示し続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます