57 金銀姉妹の屋敷
「おお……」
金銀姉妹の屋敷を見た咲は思わず声を漏らしていた。
ブルーローズ家のような貴族のそれと比べれば二人の屋敷は素朴な見た目をしているものの、その大きさは紛れもなく富を持つ者の住まう場所のそれであったのだ。
「ほ、本当にいいんですか?」
「今更何を言っているんだい? 大丈夫だって安心しなよ。別に取って食ったりはしないからさ」
いざ屋敷を目の前にして尻込みする咲にメンシスはそう言って笑う。
その後、屋敷の中へと入った咲と桜の二人は空いている部屋へと案内された。
「すみません、しばらく使用していないので少々埃っぽいかもしれませんが……」
「いえいえそんな。泊めていただけるだけで十分ですよ。それに随分と奇麗じゃないですか」
その部屋は確かにソリスの言う通り少々埃が舞っていた。
しかしそこまで気になるものでも無く、ベッドのシーツなども清潔な状態に保たれていたため、咲はお世辞でも何でもなく本心からそう言うのだった。
実の所、きれい好きであったソリスは定期的に使用していない部屋の掃除もしていたのだ。
ここ最近は依頼で遠征に出ていたため、その間にこのような状態になってしまっていただけであった。
「では昼食の際にお呼びしますね」
そう言ってソリスは部屋を後にする。
こうしてひとまず安全な場所を確保できた咲はやっと警戒を解くことが出来るのだった。
「はぁ……」
ローブを脱いだ咲は椅子に座り、疲れを隠せない様子で深く息を吐く。
フェーレニアを出てから今に至るまで常に警戒を続けていたのだ。肉体的には大した負荷はかからずとも、精神的にはかなり消耗していた。
「咲ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと疲れたけど……まあこれくらいはいつものことだったから大丈夫だよ」
ドラゴラゴンとの戦いにおいても最終局面では数日間戦い続きになることも多々あったのだ。
疲れこそすれど、それでどうにかなってしまう程彼女は弱くは無かった。
そして時間は経ち、夕食を終えた二人は風呂にも入れてもらえることになったのだった。
流石は超位冒険者の屋敷と言ったところだろう。貴族の屋敷でも無ければ風呂なんてものは無いこの世界において、金銀姉妹は完璧な風呂を屋敷に備えていた。
「ふあ~、きもちいい~」
「久しぶりのお風呂……最高だね」
体を流した後、専用の魔石によってちょうどいい温度に保たれているお湯に浸かる二人。
現代日本人である彼女らにとって、風呂に入れない日が続くことは相当なストレスとなっていた。
だからこそ、十数日ぶりの風呂を心と体の両方で楽しむのだった。
「……ごめんね、色々と変なことに巻き込んじゃって。あの時私とパーティを組んでなければ、少なくとも桜はこんなことにはならなかったのに」
思い出したかのように咲はそう言って桜に謝る。
結局のところ、こうなってしまったのはダンジョンでの訓練の時に咲が桜とパーティを組んだからなのだ。
もしあの時に桜が他のクラスメイトとパーティを組んでいれば彼女の未来は違ったのかもしれない。
そう思わない日は無かったのである。
「咲ちゃん……私、怒るよ?」
「えっ……?」
だが咲の思いとは裏腹に、桜は怒りと悲しみの混じった顔でそう言った。
そして咲の前に移動すると、ずいっと顔を近づけて話し始める。
「咲ちゃんと一緒にいたからこそ、今の私がいるの。確かに色々と良くないこともあったし、きっとこれからだって無い訳じゃないと思う……だけど、だからって咲ちゃんと一緒に過ごしたこれまでを無かったことにはしたくない」
「桜……」
「それに、咲ちゃんが追放されそうになっても私は何も出来なかった。もしかしたら私だけのうのうと生きていくことになるかもしれなかった……それに比べたら、今こうして一緒にいられる方がずっと幸せだよ」
「そう……だね。ごめん、私……桜の事全然わかってなかった」
そう言うと咲は桜を強く抱きしめる。
その行動に少し驚いていた桜だが、すぐに咲を抱きしめ返すのだった。
「こっちこそ、ちょっと言い過ぎちゃったかも。ふふっ、咲ちゃんの方から抱きしめてくれるの初めてだね」
「嫌だった……?」
「ううん、そんな訳無い。すっごくうれしい」
「なら良かった」
そうしてしばらくの間、互いの体温を感じながら抱き合う二人。
するとだんだん桜の様子がおかしくなっていく。
「えへへ~咲ちゃん、二人いるね~?」
「桜? ちょっ、大丈夫!?」
桜は顔を真っ赤にしており、その目もどこを見ているのかわからない状態であった。
そう、彼女はのぼせてしまっていたのだ。
ただでさえ久しぶりの風呂なのにも関わらず、より体温が上昇するような行動をとったのだ。そうなってしまうのも当然だった。
「さ、桜ァァ!!」
その後、咲の叫び声を聞いて風呂場に跳び込んできたメンシスの氷魔法によって桜は助けられたのだった。
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