34 レイナの過去①
突然の事に桜は声も出せずにいた。
そんな彼女をダニエルは無理やり連れて行こうとする。
「何をしているの」
その時、咲が彼の腕を掴みそう言った。
「なんだ? 冒険者風情が私に何の用だと言うんだ」
「そっちこそ桜をどこに連れて行くつもり?」
「彼女は私といるべきなのだ。私が連れて行くことに何の問題がある?」
ダニエルは一切悪びれる様子もなくそう言い放った。
「そもそもだ。貴様は彼女のなんだと言うんだ?」
「何って……」
咲はダニエルにそう言われ黙り込んでしまう。
彼女にとって桜は幼馴染であり、大事な友人であった。
……だが本当にそれだけなのかと咲は悩む。
宿屋で体を重ねたあの時、桜の咲を見る目は思い人へのそれであった。
少なくとも桜は咲の事を友人以上の存在だと思っているのだ。
そして咲もまた、桜の事を友人以上の存在として認識し始めていた。
だからこそ、咲はこう言う。
「桜は私の恋人。誰だろうと渡さない」
「咲ちゃん……!」
咲のその言葉を聞いた桜は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分と言った表情で咲の方を見るのだった。
「恋人だって? ならサクラのことは諦めたまえ。その方が彼女のためになる」
しかしダニエルはその程度で桜を諦めることは無いようで、そのまま彼女を連れて帰るつもりであった。
「いいえ、私は貴方とはいきません」
そんなダニエルに対して桜ははっきりとそう伝える。
「なんだと?」
それが想定外だったのかダニエルは少し驚くと、すぐにその表情を怒りのそれへと変貌させていった。
「貴様、私の言うことを聞けないと言うのか? つまりブルーローズ家に歯向かおうと……そう言うつもりなのだな?」
それは脅しだった。ほとんどの人間はダニエルがそうしてやれば意見を取り下げるのだ。
ブルーローズ家の影響力は大きく、少なくともここフェーレニアで生きて行く上では彼の起源を損ねてはならないのである。
しかし、異世界人である桜にはその脅しは通用しなかった。
「ああ……そうか。なら好きにするがいいさ。もっとも、すぐにその選択を後悔することになるのだがな」
ダニエルは額に青筋を立てながらそう言い捨てると、苛立ちを隠せない様子のまま二人の元から去って行く。
そして部屋を出てからも彼は何度か怒号を屋敷内に響かせるのだった。
「……兄が申し訳ありませんでした」
彼が部屋を出て少ししてからレイナは二人に謝罪をした。
心の底から申し訳ないと思っているのはその表情を見れば明らかだろう。
「そんな、レイナさんが悪い訳では……」
「そうですよ。こうして何事も無かったわけですし……」
「お二人共、とてもお優しいのですね。……ですが、恐らくまだ終わってはいません」
これまで以上に真剣な声色でレイナがそう言うと、それを聞いた二人にも緊張が走るのだった。
「終わっていないと言うのは……?」
「あの兄がこの程度で終わらせるはずが無いのです」
レイナは苦虫でも嚙み潰したかのような表情を浮かべて話を続けた。
「兄はブルーローズ家次期当主としての立場を利用して傍若無人に自由の限りを尽くしているのです。気に入らない者がいれば騎士団を動かして武力行使に出たり、気になる女性がいれば本人の意思に関わらず力ずくで連れ去り己の物としています。そんな兄があの程度で諦めるはずがないのです」
「……何と言うか、ろくでもないですね」
「ええ、その通りです。ろくでもないことばかりしているんです彼は。……最初からああでは無かったのに」
ダニエルのあまりのやりたい放題っぷりに、咲はつい素直な感想を漏らしてしまう。
だがレイナもそう思っていることに変わりは無いらしく、彼女の言葉に同意するのだった。
「……最初からそんな性格だった訳では無いんですか?」
レイナが最後に小さな声で言った事が気になったのか桜は彼女にそう尋ねる。
すると桜は少し悲しそうな表情してからゆっくりと、過去の記憶を噛みしめるかのように話し始めた。
「……元々私たちは仲の良い兄妹でした。エレナが生まれて間もない頃、妻を病で失った父はまだ幼かった私たちのために二人目の妻を迎えたのです。その時、兄は連れ子としてブルーローズ家にやってきました。あの頃の兄はまるで本物の兄のように私たちと接してくれて、血の繋がりが無くとも私たちは確かな絆で繋がっていた……はずだったのに」
「レイナさん……?」
だんだんその表情が暗くなっていくレイナを二人は心配していた。
だがそんな心配をよそに彼女は話を続けた。
「私が十八になった時のことでした。それまで優しかった兄は急に今のような傍若無人な性格に変わってしまったのです。どうして兄がそうなってしまったのか……私とエレナはその理由を探しました。ですが今に至るまで一切の手がかりも見つかってはいません」
「そんな……」
二人はレイナのその話を聞き、心を痛めていた。
レイナの話が正しければダニエルは最初からあんな人間では無かったと言うことなのだ。
それまで仲が良かったはずの存在がいきなりああなってしまえば誰であれ傷心するだろう。
特に彼女の場合は幼少期に母を失っており、兄の存在は大きかったのだ。
……しかしそこで消沈して全てを投げ出してしまう程、レイナは弱い女では無かった。
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