33 ブルーローズ家次期当主ダニエル

 部屋の中に入ってきた男性はレイナと同じように華美な衣服を身にまとっていた。

 そのことから彼もまた貴族だと言う事がわかるだろう。


「兄上! 今は客人がおられるのですよ……!」


 そしてレイナが彼の事を兄と呼んだことから、この男がどういう存在なのかを咲と桜の二人は瞬時に理解したのだった。


「レイナ、何度も言っているだろう。私の事はダニエル様と呼びたまえ。なにせ私は貴様の兄である前にまずブルーローズ家次期当主なのだからね。いつまでも貴様のような出来損ないの兄として扱われては困るんだ」


 レイナをたしなめるようにダニエルはそう言った。

 妹である彼女のことを嫌っている……と言うより、もはや興味すら持っていないかのような素振りを見せながら。


「……申し訳ありません、ダニエル様」


「はぁ、これだから使えない妹を持つと困るのだ。……まあいい、確か客人が来ているとのことだったな?」


 そう言うとダニエルはソファに座っている咲の方を見るのだった。

 その目は最初の内は期待に満ちたそれであったが、時間が経つにつれてだんだんレイナに向けられたものと同じようなものになっていった。


「なんなのだこの者は。そんな珍妙な鎧など身に着けおって……強者の格と言った物をまるで感じられんな。それに私の上級鑑識眼によればその能力も低いらしい。あのゴブリンロードを倒したと言うからせっかく私自らわざわざ分家にまで確認に来てみればこれだ。まったく、期待した私が馬鹿だった」


 ダニエルは期待に裏切られと言わんばかりの声でそう言い、露骨に不機嫌になるのだった。

 先程大金を受け取ったばかりで動揺が隠せない様子の咲のことを彼は「精神の安定していない未熟者」と判断したようだ。

 

 またダニエルは上級鑑識眼のスキルを持っており、それを使って咲の能力を確認していた。

 上級鑑識眼は対象の筋力や魔力といった能力値がオーラでなんとなくわかると言ったものであり、上級ともなれば自分よりも50レベル程度高い格上の相手にも使用できるのだった。


 しかしダニエルは現在レベル120であり、咲の261には遠く及ばなかった。そのため彼には咲の能力値が見えず、観測出来ない程に物凄く能力値が低いのだと勘違いしていたのである。

 この世界においてレベル120と言うのはごく一握りの天才のみが辿り着けるものであり、彼は咲が自身よりも遥かに格上であるということを一切想定していなかったのだ。


「……お言葉ですがダニエル様。彼女らはゴブリンロードを倒し、エレナお嬢様をお救いくださったのです。いくら次期当主とは言え、そのような物言いは控えていただきたい」


「なんだと?」


 レイナのその言葉が癇に障ったのか、ダニエルは怒りを隠すことなく彼女の方へと歩き出した。


「レイナ……貴様はいつからそんなに偉くなったんだ?」


「私にだってブルーローズ家の長女としてのプライドがあるのです。妹の命の恩人をそのように言われて黙ってはいられません。それが次期当主であるダニエル様の言葉であったとしてもです」


 一方でレイナもこれ以上は黙っていられないと言った様子で食ってかかるのだった。


「ダニエル様こそ命の恩人にそのような扱いをしてはブルーローズ家の名誉に関わるということはおわかりのはず」


「ああ、そうだな。確かに命の恩人を相手にしてこの態度は不味かろうよ。だが、それはあくまでブルーローズの本家の血筋の命であればの話だ。貴様ら分家の、それも次女の命ごときを救われた所で、この私が感謝する必要などどこにある?」


「先程から分家分家と……本来ならば私がブルーローズ家の正当な後継者なのだ! なのに……!」


「おっと、その話はもう終わったことだ。残念ながらもう覆りはしない。もうじき私こそがブルーローズ家の正当な後継者となる」


「貴様ァ!!」


 頭に血が上ってしまったレイナはついに拳を振り上げた。

 ……だがそれがダニエルに向かって下ろされることは無く、レイナは自らを落ち着けるために深呼吸を行うのだった。


「フッ……そうだ、それでいい。賢い選択だぞ? 今ここで私に手を上げれば取り返しがつかなくなるからな。それを理解していたことは褒めてやろう」


 今なおダニエルの事を憎悪に満ちた目で見ているレイナの肩をポンと叩きながら、彼は嘲笑するかの如くそう言った。

 その後、改めて期待外れだったと言わんばかりの表情を浮かべると扉の方へと向かうのだった。


「はぁ……ゴブリンロードを倒したと言う者も期待外れだったことだし、私は帰るとしよう……いや待て」


 だがその途中でダニエルはその足を止める。


「そこのお前、名は何と言う」


「わ、私ですか!?」


 そして桜のいる方に向き直り、彼女に名を尋ねたのだった。


「桜……と言います。あの、私に何か……?」


「ほう、サクラと言うのか。ううむ、私としたことがこれほどの逸材を見逃していたとはな」


「きゃっ」


 ダニエルは桜の手を握ると、それまでの態度とは打って変わって楽し気に話し始めた。


「君の持つ魔力量は凄まじい。今の時点で王国の賢者をも優に超えている。だが私の元に来ればよりその力を洗練させられるし、有効活用だってさせられるだろうな。それに中々に見目麗しい女じゃないか! ……うむ、決めたぞ」


「えっと、あの……」


 突然態度が変わったかと思えばこれでもかとべた褒めしてくるダニエルに呆気にとられていた桜だったが、そんな彼女の事などお構いなしにダニエルは話を続ける。


「サクラ、私の愛人になる気は無いか? いや、なりたまえ。これは君のためでもあるのだ」


「……!?」


 ダニエルからの突然の告白……と言うより、もはや命令と言っても差し支えないその言葉を聞いた桜は驚きのあまり声も出せないのだった。

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