32 ブルーローズの屋敷
今朝あんなことがあったものの、咲が昨夜行ったことが消えて無くなる訳では無いのだ。
この後どうにかして桜にバレないようにブルーローズの屋敷にいかねばならないことに変わりは無かった。
「さ、桜……少し用事があって別行動になるけど……いいかな?」
咲が桜にそう言うと、案の定と言うべきか桜は不安そうな表情を浮かべた。
「うぐっ……じゃ、じゃあ一緒に行こうか」
咲はそう言うしか無かった。
それはつまるところ昨夜の事を暴露するに等しいのだが、桜をこれ以上一人にするわけにもいかなかった咲にはその選択肢しか残されてはいなかったのである。
こうしてバレずにブルーローズの屋敷へと行く作戦は早くも破綻したのだった。
結局、咲は桜を連れてブルーローズの屋敷へと向かう。
もちろん咲は変身した状態であり、それを桜は訝しんでいた。
咲はあまり人前で変身したがらないはずなので、桜のそれは当たり前と言えば当たり前の反応であった。
そんな彼女もブルーローズの屋敷の前に着くと、そんなことなどもはやどうでも良くなってしまった。
「咲ちゃん……ここって」
当然、桜は驚く。
それもそのはずだ。フェーレニアに来てからずっと一緒にいたはずの咲がどういう訳か貴族と何かしらの関係を持っているのだ。
むしろ驚かない方がおかしいだろう。
「咲ちゃん、いつの間に貴族と知り合ったの……? と言うより、屋敷に案内されるって知り合ったとかそういうレベルじゃないんじゃ……」
疑問、恐怖、不安、そしてまた疑問。
桜は状況を理解できないようでその表情をコロコロと変えながら咲に詰め寄った。
だが、咲がそれに答える前に屋敷の門が開く。
「ようこそおいでくださいました。さあ、こちらに」
そしてブルーローズ家に仕える者たち数名が二人を屋敷の中へと案内したのだった。
「おや、そちらのお方は」
「連れの桜と言う者です。……同行しても構いませんね?」
圧をかけながら咲はそう言う。
何が何でも桜と一緒にいるぞと言う覚悟の現れであった。
「ええ、構いませんとも」
咲の圧が効いたのか、はたまた最初から入れるつもりだったのか、何事も無く二人はそのまま屋敷の中へと案内される。
「わぁ……」
そして建物へ入った瞬間、思わず二人は気の抜けた声を漏らしてしまった。
門から屋敷への道中でも色とりどりの花が咲く広い庭やこれでもかと大きな噴水が彼女らを驚かせたが、建物内はもはやそんなレベルでは無かったのである。
建物内に入った二人の視界にまず入って来たのは豪華絢爛な広間だった。
高そうな壺や絵画……いや、実際それらは高額な品々であった。
それら一つ一つが売ればここフェーレニアでしばらくは遊んで暮らせる程の価値を持つのだ。
こういったとんでもない金持ち豪邸に入った経験などあるはずの無い二人はただただ驚くばかりである。
そんな二人は今度は客人用の部屋へと案内され、そこにレイナがやってきたのだった。
今の彼女は昨夜のような冒険者としての装備では無く青を基調としたドレスを身にまとっており、その姿はまさに美の権化と言ったものであった。
そんな見る者を圧倒させるオーラはもはや同性であっても効果のあるものとなっており、二人は先程とはまた違う形で言葉を失う事となるのだった。
「昨晩は本当にありがとうございました。エレナも無事に目を覚まし、貴方様に感謝を伝えたがっているのです」
レイナがそう言うと彼女の後ろに付いてきていたエレナが顔を出した。
「えっと、その……あ、ありがとう……ございました」
昨日今日の事でまだ心身ともに全快では無いのか、エレナによる感謝の言葉はたどたどしいものだった。
しかしその奥には確実に感謝の意があると咲は瞬時に理解する。
彼女のその表情を見れば一目瞭然であったのだ。
その後、あまりの緊張に耐えきれず倒れかけてしまったエレナは執事に受けとめられ、そのまま部屋へと運ばれていった。
「……大丈夫なんですか?」
「ええ、衰弱してはいますが命に別状はないとのことで……。例えゴブリンロードに殺されずとも、きっともう少し遅ければ取り返しがつかなくなっていたことでしょう。そんな状態から救っていただいたのです。是非、こちらを……!」
ここぞとばかりにレイナは謝礼の話につなげる。
このままではまた咲になんだかんだ理由を付けられて断られてしまうと思ったのだ。
「その事なのですが……」
咲も負けじと口を開く。
「こちら金貨三百枚です。さあ、どうぞ……!」
だがそんな咲の言葉を遮るようにして、レイナは従者に持たせていた革袋を受け取るとそれを強引に渡した。
「うわっ」
そのあまりの重さに、咲は思わずそう声を漏らしてしまう。
「重い……これが金貨三百枚の重さ……って、つまりどれくらいなの?」
この世界の情報を持たない咲には金貨三百枚がどれほどの価値となるのかがよくわからず、こっそり桜に聞くのだった。
「えっと確か……銅貨百枚で銀貨一枚の価値があって、銀貨百枚で金貨一枚だったはずだよ」
「確か宿屋の一泊の料金が二人分で銅貨六枚だったよね。銅貨三万枚分ってことは……五千日分ってこと?」
咲は自分でそう口にしておきながらそんなバカなと頭の中でツッコんでいた。
だがどれだけ計算しても結果は同じである。
「えっ……や、やばいよこれ」
それだけの価値がある金貨三百枚が今彼女の腕の中にあるのだ。
数多くの修羅場を超えてきたはずの咲であっても平静でいる方が難しかった。
「う、受け取れませんこんな大金!」
「いえいえ、エレナお嬢様の命を助けていただいたのですからこれでも少ないくらいですよ。お恥ずかしい話ですが、我々は今経済的に危機的状況となっておりまして……本当はもっと用意したかったのです」
「こ、これで少ないって……」
レイナのその言葉に対して咲は驚愕を通り越してもはや恐怖に近い感情を抱くのだった。
……そんな時である。
突然、荒々しい音と共に部屋の扉が強く開け放たれ一人の男が部屋の中へと入って来たのだった。
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