31 選択

「エレナお嬢様はこの通り無事に保護いたしました。ですのでレイナお嬢様はどうか早くお休みになられてください」


 恐らく言っても聞かないだろうとは思いつつ、クリフはそう言って抱きかかえているエレナをレイナに見せた。


「エレナ……!! ああ、無事でよかった!」


 そうしてエレナを見せられたレイナは安堵の表情を浮かべたと同時にすぐさまクリフの元へと駆け寄っていく。


「良かった……本当に良かった」


 眠っているエレナの顔を見たレイナは涙をこぼしながらうわ言のようにそう言い続けた。

 それだけエレナが無事であったことを嬉しく思っており、同時に安堵もしていたのだ。

 

 それから少し経った頃、落ち着いてきたレイナはクリフと共にいる咲に気付いたようだった。


「クリフ、その方は?」


「この方は今朝レイナお嬢様がクレイグから助けたと言う少女……と、思われる方です」


「……え?」


 クリフの言っている事が理解出来なかったのかレイナは変な声を出して固まってしまった。


「この方がゴブリンロードになすすべもなく全滅させられそうになっていた我々を助けてくださったのです。そのおかげでこうしてお嬢様を救うことが出来ました」


「ゴブリンロードですって!? そんな上位の魔物から助けていただいたなんて……こうしてはいられません!」


 その正体がどうであれ、助けてくれたことに変わりは無い……それを理解したレイナは袖で涙を拭いた後、咲の元へと歩いていった。

 そして彼女の目の前に着くとそこで片膝立ちをし、感謝の言葉を述べるのだった。


「お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません。我が妹を助けていただいたこと、誠に感謝いたします。ブルーローズ家の長女として、貴方に最大限の謝礼を送ることを今ここに約束しましょう」


 レイナのその姿はそれまで泣き崩れていたはずの女性とはまるで別人に見える程の変わりようであった。

 と言うのも、彼女自身が言ったようにレイナはブルーローズ家の長女……所謂、貴族令嬢であったのだ。

 でなければこれほどすぐに感情や振る舞いを切り替えることなど出来なかっただろう。


「そ、そんな大層なことではありませんよ。私が助けたかったから助けただけです。それにもうこんな時間ですし、その……レイナさんもお疲れなのでしょう? お気持ちだけありがたく受け取っておきますね」


 一方で咲は動揺しまくっていた。

 あまりのレイナの変貌ぶりに驚いたのもあるが、何より想像以上に事が大きくなっていることに困惑を隠せずにいたのである。

 ただ行方不明の少女を助けたかっただけなのに、気付けば貴族から謝礼を受けることになっているのだからそうなってもおかしくは無かった。


「いえ、そう言う訳にはいきません。そうですね……今日はもう遅いですし、是非我が屋敷に泊っていってください」


「えっ……」


 レイナにそう言われ、咲は宿に残してきた桜の事を思い浮かべた。

 このままブルーローズ家の屋敷に泊れば、間違いなく咲は桜が起きる前に宿には戻れないだろう。

 しかしせっかくの厚意を断るわけにもいかない。そう思った咲はまたまた二択を迫られることとなったのである。


「ぐぬぬ……!」


 脳裏によぎる桜の顔。

 咲ちゃん、私と言う女がいながら貴族の美人なお嬢様に浮気するの? と、彼女の脳内の桜はそう言っていた。

 ただでさえ黙って出て来ていることに罪悪感を抱いている咲にとって、それはクリティカルダメージとなるのだった。


 かと言って今レイナの厚意を無下にすれば、今後この街で冒険者として活動する上で支障が出るかもしれない。

 結局どちらを選ぶにしてもリスクはあった。

 そんな板挟みの状態で咲が出した結論とは……。


――――――


 夜が明け、窓から入り込んだ日光が部屋の中を照らす。


「……咲ちゃん?」


 目を覚ました桜は目の前で寝ている咲を見るやいなや彼女の名を口にするのだった。

 

 結局、咲は宿に戻ることを選んだのである。

 そして幸いにも桜にバレることなくベッドの中へと戻ることに成功していた。


「桜……?」


 桜の声を聞いて目を覚ました咲が今度は桜の名を口にする。


「良かった……。ぐすっ……咲ちゃん、ここにいる……」


 すると桜は安堵したと同時に泣き始めてしまうのだった。


「ど、どうしたの桜!?」


 慌てた咲はどうすれば良いのかわからず、咄嗟に桜を抱きしめるとその背中をとんとんと優しく叩き始めた。


「私ね、夢を見たの……。咲ちゃんが私の前からいなくなっちゃう夢……うぅっ」


 そこまで言うと桜は再び泣き始めてしまった。

 この未知の世界でたった一人になってしまう恐怖に彼女は耐えられなかったのだ。


「ごめん、ごめんね桜。もう大丈夫だから……」


 そんな桜の言葉を聞いた咲は昨夜の自分の軽率な行動を悔いると共に、改めて桜を強く抱きしめるのだった。

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