30 ゼルの無茶振り

「ほぉ、これはワイの思っとったよりも遥かにおもろそうなことになっとるみたいやなぁ」


 魔龍王を倒したことや勇者召喚の事を咲から聞いたゼルは笑いながらそう言った。


「はぁ……わざわざここまでして私を詰めたってことは何か目的があるんですよね」


 そんなゼルを前に咲は頭を抱えていた。

 どうにもゼルの行動が読めずにいたのだ。

 もっともゼル自身、心中を相手に読ませないように振舞っているのだから当然でもあった。


「おっ、話が速くて助かるわ。まあ、あれよ。簡単に言ってしまえば他の五大魔将も倒してもらいたいとか思ってる訳なんやけどな」


「随分と簡単に言ってくれますね。ゼルさんさっき魔将のことをとんでもない強さの化け物って言ってましたよ? そんなノリで倒してと言われても……」


 この世界において五大魔将と言えば、それはもうどうしようもなく強大な者として扱われているのだ。

 そんな化け物をあと四体も倒してくれとゼルは言っていた。

 当然そんなものを易々と引き受けられる訳もなく、咲は抵抗の意思を示すのだった。


「大丈夫やって。少なくとも魔龍王を一撃で倒せるんなら問題は無いはずやで」


「そうは言ってもですね……」


「まあこちらも出来る限りの助力はするさかい、そんなに心配はせんといてや。んじゃ頼むで~」


 ゼルは軽い口調でそう言い、手をひらひらと振りながら夜の闇にその姿を溶かしていった。

 

「ちょっ……うわ、もういない」


 その後を追う咲だったが一瞬にしてゼルと取り巻きのゴブリンたちはその姿を消しており、気配すらも完全に消えてしまっていた。


「彼とのお話は終わったと言うことで良いのだろうか」


 そんな咲の元にクリフがやってきた。 

 ゼルがいなくなったことから咲との会話が終了したのだろうと思い彼女に声をかけたのだ。


「……ええ、一応は」


「ではひとまず我々と一緒に来ていただきたい。ゴブリンロードから助けてもらったお礼もしたいのでね」


 そう言うクリフに敵意は無く、咲に嘘をついている訳でも無いようだった。

 しかしこのまま彼らについて行っていいものかと咲は考えていた。

 ただでさえ今の咲は彼らにとって得体のしれない謎の存在なのだ。それに加えて彼らは変身前の咲の事をレイナから知らされている。

 どう考えても面倒なことになるのは咲自身わかりきっていた。


「……わかりました。ご同行させていただきます」


 けれども咲は色々と考えた結果、結局彼らと共に行くことを選んだのだった。


 確かにレイナから変身前の事を聞かされている彼らと共に居れば、それだけ余計な事を勘繰られるリスクもあるだろう。

 だが咲はこの世界に関する情報をほとんど持たないのだ。

 彼らと共に行くことで有用な情報を得られるかもしれないため、それもまた捨てがたい選択肢となっていた訳である。


「では行こう。まずはこの森から無事に出なければな」


 隊長がそう言うと騎士たちは隊列を組んで進み始めた。

 幸い帰りの道中で魔物に襲われることも無く、咲たちは無事街に戻ることが出来たのだった。


「お疲れ様です、クリフ隊長! ……お、お嬢様!? 良かった……ご無事だったのですね」


 騎士隊長であるクリフ、及びその同行者は顔パスで街の中に入れるようで、咲も同様にそのまま街の中へと入ることが出来た。

 昼間のあのいざこざが嘘のようである。

 

 またその際、門番をしていた兵士はクリフがエレナを抱きかかえているのを見て安心したように胸をなでおろしていた。

 彼もまたエレナが行方不明になったことで物凄く動揺していたのである。

 きっと門番の担当でなければクリフと共に森に捜索に出ていたことだろう。


 だが悲しいことに、そうなっていた場合彼は間違いなくゴブリンロードに殺されることとなる。

 幸運にも探しに行けなかったためにその命が助かったのだ。

 もっともそれを知っていたとしても彼はエレナを探しにいっただろう。ブルーローズ騎士団とはそう言う者たちの集まりだった。

 

「クリフ……!!」


 クリフたちが門を通り抜けてすぐだろうか。彼の名を呼ぶ声が辺りに響いた。


「レイナお嬢様!? ど、どうしてここにおられるのですか! 明日も朝から討伐隊の会議があるのです。早くお休みにならなければいくらレイナお嬢様と言えどお体が……!」


「だって大事な妹が行方不明なのよ!? それなのに呑気に屋敷で寝ていられるはずがないじゃない!」


 その声の主はレイナであった。

 明日も朝から重要な会議があると言うのにも関わらず寝付けずにいたのである。

 とは言え今自分の身に何かあると不味い事は理解していたため、街からは出ずに門の前でクリフたち捜索隊の帰りを待つことしか出来ずにいた。


 そんな彼女の行動は一見して自分勝手な行動に思えるものの、仕方のない部分もあった。

 ……何しろ、エレナは彼女の妹だったのだ。

 そんな状況で呑気に寝ていられるはずも無いと言う彼女の言葉は、決して頭ごなしに否定できるものでは無かったのである。

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