29 穏健派と対立派

 それまでの空気を全て無かったことにするようなゼルのその行動に咲は驚いていた。

 てっきり一戦交えることになると思っていたのだ。 


「いやーほんとすまんわ。あのゴブリンロードはちょっとばかし前にワイの所から逃げ出したヤツでな」


「逃げ出した……?」


「そうや。ワイらは魔物の中でも『穏健派』と呼ばれている派閥でなぁ。極力人間とは争わんようにしとるんや。せやけどその方針に文句言うヤツも多くてな。ワイら穏健派はそいつらのことを『対立派』と呼んどる。で、そこのゴブリンロードも対立派の一人やねん」


 そう言いながらゼルは倒れているゴブリンロードに視線を向けた。


「中でもコイツはワイを殺して集落を乗っ取り、そのまま集落ごと対立派にするつもりやった。要は反乱を企てていた訳やね。だから処理するつもりやったんやけど……御覧の通り逃げられてしもてな。結果的に集落は助かったものの、コイツがあんたらのお仲間を殺してしもたわ。それも元を辿ればワイの管理が原因。本当にすまんかった」


 ゼルはそう言うと騎士たちに頭を下げた。

 その様子を騎士たちはただ黙って見ている。

 伝説上の存在であるキングゴブリンに頭を下げられるなど、ただの人間がそうやすやすと受け入れられる状況では無いのだ。

 ゆえに何も言えず何も出来ないのも当然であった。


「ま、そう言う事やけど……謝罪の言葉だけで済ませんのはワイのプライドが許さへん。せめてもの気持ちとしてこれを受け取って欲しいんや」


 ゼルが背後に向かって合図をすると護衛と思われる数体のゴブリンが謎の箱を持って現れた。


「ワイらの所で作っとる秘薬と、こっちはこれでもかってくらいに強化魔法をエンチャントしたナイフや。自分で言うのもなんやけどとんでもない代物やでこれ。きっと役に立つはずや。それにまぁ……今後また同じような事が起こらんとは限らんからな。そん時はこれを使うて欲しい」


 ゴブリンがクリフの元に向かっていく。

 最初は警戒していた彼だったが、ゴブリンたちに一切の敵意が無いことに気付くと彼らの持つ箱を受け取ったのだった。


「んじゃ、そう言う事やから。また会うことがあったらそん時はよろしゅうな」


 そう言ってゼルとゴブリンは咲たちの元から離れて行った。

 だがその途中でゼルだけが立ち止まり咲の方へと振り返る。


「そうそう、そこの珍妙な鎧のにはちょっと話があるんや。こっち来てくれるか?」


 他の騎士たちに聞かれては困る話なのかゼルは咲だけを呼び出した。


「……」


 自分だけに用があると言うことに怪しさを感じ警戒しながら近づく咲。

 そして騎士たちに会話が聞こえないくらいに彼女が離れた時、ゼルは再び口を開いたのだった。


「まあまあそう警戒しなさんなって。別に戦おうっちゅう訳やないねん。……単刀直入に聞くで。あんた、五大魔将と言うモンに聞き覚えはあるか?」


「五大魔将……?」


 咲はそんなもの一切知らないと言った様子でそう呟く。その様子から咲が何も知らないのは間違いないだろうと判断したゼルは話を続ける。


「その様子だと初耳って感じやな。五大魔将ってのは魔龍神王に仕うとるとんでもない強さを持つ五体の化け物のことやねんけどな。先日その内の一体……魔龍王が倒されたらしいんや」


「……」


 ゼルの口からでた言葉はどれも咲にとって心当たりのありすぎるものだった。

 魔龍神王の名は魔龍王が言っていたため知っているし、なんならその魔龍王を倒したのは何を隠そう咲自身である。

 それをわざわざ話してくると言うことは、今目の前にいるゼルという男は明らかに自分を怪しんでいる……そう思った咲に緊張が走った。


「魔龍王は純粋なスペックだけなら他の魔将を遥かに凌駕しとる。そんな化け物がな、たった一撃でやられたらしいねん。いくらなんでも眉唾モンだと思っとったんや。ありえるはずが無いってな。けど……」


 ゼルは咲の……カルノライザーの姿を見る。

 特にその視線は恐竜を模したアーマーの部分に注がれていた。


「魔龍王を倒したっちゅうソイツはワイバーンの頭部に似た珍妙な意匠の鎧を着とったらしいねん。いやー偶然やね。あんたのその恰好と一致しとる」


「……ッ!」


「そんな恰好をしたのがそう多くいる訳も無いんや。……あんたなんやろ? 魔龍王を倒したっちゅう謎の戦士は」


 何とかして言い逃れをしようとした咲だったが、ここまで迫られてはどうしようもなかった。


「……その通り。私が魔龍王を倒した」


 結局、観念した咲は自分が魔龍王を倒したのだとゼルに話すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る